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「ふざけたことに使われるようになって広がる」MOMOが開拓した観測ロケットの新たな可能性

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
観測ロケットMOMO5号機 画像提供:インターステラテクノロジズ株式会社

2019年11月26日、北海道大樹町に本拠を置く民間ロケット開発企業インターステラテクノロジズ株式会社(IST)は、観測ロケット「MOMO(モモ)」5号機の打ち上げ計画とスポンサー企業、ミッション計画を発表した。個人を含む7団体の支援を受け、2019年5月のMOMO3号機打ち上げ以来の高度100キロメートルを超える飛行を目指す。

MOMO5号機の計画を発表するインターステラテクノロジズ株式会社の稲川貴大社長(左)と堀江貴文氏(右)。撮影:秋山文野
MOMO5号機の計画を発表するインターステラテクノロジズ株式会社の稲川貴大社長(左)と堀江貴文氏(右)。撮影:秋山文野

観測ロケットMOMOは、人工衛星を軌道上に投入するためではなく、ロケットそのものが宇宙を飛びながら搭載した機器による観測、実験などを行うためのロケット。気球が到達できる高度は約50キロメートル、ほとんどの人工衛星が飛行する高度は高度250キロメートル以上(多くが400キロメートル以上)であるため、中間の領域を観測できる手段として利用されてきた。

JAXAによる観測ロケットは、鹿児島県肝付町から打ち上げられる単段式の「S-310」、「S-520」、2段式の「SS-520」といった固体ロケットがある。それぞれ150キロメートル、300キロメートル、1000キロメートルまで到達可能だが、打ち上げの頻度は高くない。JAXA2020年1月に観測ロケットS-310の45号機を打ち上げる予定だが、前回の44号機は2016年1月。運用開始は1975年で、均せば1年に1回のペースだ。より大型の観測ロケットはさらに頻度が低い。

ISTは、現状の観測ロケットの打ち上げ頻度よりもさらに多くの打ち上げ機会を求める大学、企業などの需要があるとみて、MOMOシリーズの量産化、打ち上げ高頻度化を目指すという。ISTには将来計画に衛星打ち上げロケット「ZERO」があるが、観測ロケットは衛星打ち上げロケットを実現するための技術開発といった意味合いだけでなく、そのものに需要があるとの見通しだ。

冬の北海道で打ち上げへ

MOMO5号機は2019~2020年の冬期打ち上げを目指している。MOMO4号機まで春夏期に行われていた打ち上げに加え、対応期間を広げる運用体制の確立を目指す。稲川貴大社長によれば、ヒーターで低温時のバッテリー動作を守る、潤滑剤が凍らないようにするといった冬期運用のための対策が加えられているという。また、マイナス10度程度になる厳寒の中で運用するにあたり「人の安全」を守る計画も策定中だとした。

2019年の4号機では、打ち上げ64秒後(高度約13キロメートル)に飛行を中断している。これは地上からの信号を受信するVHF受信機が機能を停止したもので、原因として静電気や雷による故障、飛行中の振動でケーブル等の脱落などが原因と推定されている。5号機では、不具合の原因究明と静電気や脱落への対策、電子機器の改良などが実施されるという。

5号機打ち上げ後、2020年以降は観測ロケットの量産化を計画しており、受注次第としながらも「2020年は5機前後を打ち上げたい、鹿児島の観測ロケットよりも一桁多い打ち上げ回数が目標」(稲川社長)とした。年間10機以上、毎月打ち上げに近い頻度も視野に入れているとみられる。量産化に向けた製造手順の標準化も進め、MOMOの機体製造にかかる時間は、およそ3カ月程度だという。

観測ロケットに搭載した機器から、電波によって観測データを地上で受信する場合と落下したロケット機体を回収し、データレコーダーそのものを取り出す場合とでは、得られるデータの量に大きな差がある。このため観測ロケットの目標のひとつに、機体回収がある。

NASAの観測ロケットの場合、陸上回収では340~680キログラムを、海上回収では340キログラム以下の搭載物を回収可能だ。JAXAの観測ロケットでは技術実証以外に回収を実施していないため、民間ロケットのISTが搭載物回収を実現できれば大きなアドバンテージになる。MOMOの計画にも将来の機体回収が目標として入っているとのことだが、今回は「MOMO V1と呼ばれる改良計画の中で、回収をオプションとして検討中」(稲川社長)との説明にとどまった。

観測ロケットの需要のひとつに、気候変動の解明につながる高層大気の観測や天文観測がある。天文観測の場合、機体の高度な姿勢制御が求められる。NASAの観測ロケットでは1秒角から10秒角の精度を実現しているという。MOMOの将来計画は今後公表とのことだが、ユーザーの需要に合わせた高度化がどこまで対応可能なのか注目される。

観測ロケットをもっと楽しく

ここまで挙げた観測ロケットMOMO5号機と将来の運用計画は、どちらかといえば固い、従来のサイエンスの文脈での観測ロケットの利用になる。MOMO2号機から5号機まで、連続して高知工科大学が「インフラサウンドセンサ(超低周波音マイク)」と呼ばれる機器を搭載しており、津波、雷、台風、火山の噴火などの解明に向けた観測を行う。

高知工科大学のペイロード、「インフラサウンドセンサ」。画像提供:インターステラテクノロジズ株式会社
高知工科大学のペイロード、「インフラサウンドセンサ」。画像提供:インターステラテクノロジズ株式会社

加えて、平和酒造株式会社による日本酒「紀土(きっど)」を4号機に続きエタノール燃料の一部として添加するほか、チル株式会社による「シーシャ(水タバコ)」のリンゴフレーバーと吸い口、株式会社サザコーヒーによる「超 高級 パナマ・ゲイシャコーヒー」のカップ用ドリップコーヒー、個人「超電磁P」氏による電子工作を搭載する。北九州のお好み焼き店「なにわ」、ISTやJAXAとも関係のある航空宇宙向け振動試験装置を製造、運用するIMV株式会社のスポンサーロゴを機体に表示し、観測ロケットの機体を広告塔として利用することも行う。

大阪の菓子メーカー瓢月堂からは、パイ生地の上にソース、青海苔、鰹節やクルミ、キャラメリゼを乗せたパイ菓子「たこパティエ」を預かるミッションが予定されている。発射台に焼き上げ前のたこパティエを設置し、発射時のロケットの噴射で焼き上げる計画だ。現在は炎の当たる角度や時間などの調整中だが、「高速の噴射で吹っ飛んでしまう」(稲川社長)のが悩みだという。

発射台の下に設置される「たこパティエ」焼き上げ装置。画像提供:インターステラテクノロジズ株式会社
発射台の下に設置される「たこパティエ」焼き上げ装置。画像提供:インターステラテクノロジズ株式会社

こうしたロケットを楽しみやPRに使用するミッションについて、ISTファウンダーの堀江貴文氏は、25年ほど前に自身が体験したインターネットの拡大期になぞらえ、「もっとふざけたことに使われるようになっていくと、マーケットが拡大する」と述べた。海外でも打ち上げ後の機体が大気圏に再突入する際の熱でコーヒーを焙煎するという計画があるが、サイエンスの文脈では想像もつかないような利用を考えるユーザーが出てくることで、民間ロケット市場の拡大があるとの考え方だ。

IST稲川社長、堀江氏とMOMO5号機のミッション、スポンサー陣。撮影:秋山文野
IST稲川社長、堀江氏とMOMO5号機のミッション、スポンサー陣。撮影:秋山文野

ロケットの機体に企業ロゴなどを表示することで広告、PRに利用するという例は過去にもある。過去に筆者がロケット技術者から聞いたコメントでは、「地上からロゴが見えている時間がごく短いため、あまり優良な広告手法と思われなかった」ことがネックだという。現在では、機体が宇宙に行くまでの比較的長い時間、打ち上げを生中継して見せることが可能になっている。ロケットからの打ち上げ生中継などを通して、新たな利用が広がっていくとも考えられる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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