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【台風19号】フィンランドのレーダー衛星が撮影した午前3時の渡良瀬遊水地

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: ICEYE

2019年10月14日、国土交通省関東地方整備局利根川上流河川事務所は、台風19号(ハギビス)の降雨により渡良瀬遊水地は約1.6億立方メートル(11月14日発表速報値)の洪水を貯めたと発表した。渡良瀬遊水地、菅生調節池、稲戸井調節池、田中調節池の4つの調節池の合計で過去最大となる合計2.5億立方メートルの水を貯めたという。このことが台風19号による首都圏の洪水被害防止に貢献している。

10月13日に撮影された渡良瀬遊水地。出典:国土交通省
10月13日に撮影された渡良瀬遊水地。出典:国土交通省

4つの貯水池の中でも、渡良瀬遊水地は茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県の4県の県境にまたがる日本で最大の遊水地(面積33平方キロメートル)だ。ハート型の谷中湖を中心とする第一調節池、第二調節池、第三調節池の3つに分かれ、大雨の際には利根川最大の支川である渡良瀬川などの水を受け入れている。

この渡良瀬遊水地付近の地域では、10月13日の午前1時45分、国土交通省関東地方整備局から利根川が氾濫危険水位を越え、午前3時以降に「利根川左岸渡良瀬川合流点上流において越水し、堤防が決壊するおそれもあります。」との発表があった。幸い、利根川の栗橋水位観測所(埼玉県久喜市)では、同日午後3時ごろに警戒レベルが引き下げられ、水位が下がる見込みとなった。

観測所の水位の変化を地上の観測所から緊張して見守っていた13日午前3時ごろ、フィンランドの民間衛星企業ICEYEが宇宙から衛星搭載レーダーによって渡良瀬遊水地付近を観測し、夜間の貯水状況がわかる画像を公開した。

2019年5月9日午前10時32分に撮影された渡良瀬遊水地のレーダー衛星画像(比較用)。Credit: ICEYE
2019年5月9日午前10時32分に撮影された渡良瀬遊水地のレーダー衛星画像(比較用)。Credit: ICEYE

1枚目の画像は、台風が来る5カ月前の5月9日、日本時間午前10時32分(May 9, 01:32 UTC)にICEYEのレーダー衛星から撮影された渡良瀬遊水地の画像。画面左下は特徴的なハート型の谷中湖、画面中央付近が第二調節池になる。

2019年10月13日午前3時9分に撮影された台風19号の水が溜まった渡良瀬遊水地の画像。Credit: ICEYE
2019年10月13日午前3時9分に撮影された台風19号の水が溜まった渡良瀬遊水地の画像。Credit: ICEYE

2枚目の画像は、日本時間10月13日午前3時9分(Oct 12, 18:09 UTC)に同じくICEYE衛星から撮影された栃木県栃木市藤岡町赤麻(渡良瀬遊水地付近)の画像。ICEYE衛星は、洪水検出のための設定で今回の観測を行っており、画像では水が溜まった部分が比較的白く見えやすいように調整されている。「今回は洪水を検出しやすくするパラメーターを使用しています(ICEYE副社長Mikko Keranen氏コメント)」という。※渡良瀬遊水地付近の住所表記に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2枚目の画像は深夜の午前3時ごろに撮影された画像だが、調節池や、調節池とつながる思川、巴波川の形状が白くくっきりと見える。第二調節池の右上付近、栃木県小山市大字下生井付近はコウノトリも飛来する水田のある地域で、水田に溜まった水が調節池と同じように白く見えていると考えられる。四角い圃場が認識できていることから、一面に浸水するようなことは避けられたのではないだろうか。

5月と10月、2枚のレーダ衛星の画像の比較から、1947年(昭和22年)のカスリーン台風以来、最高水位を観測した今回の台風19号の豪雨の中で、渡良瀬遊水地がその役割を果たしたことがうかがえる。

夜間、雨天でも観測可能なSAR衛星

今回、深夜3時に渡良瀬遊水地を観測したのは、ICEYEが2018年から打ち上げ、運用している合成開口レーダー衛星「ICEYE-X」シリーズの衛星だ。

SAR衛星とは、人工衛星からマイクロ波を照射し、反射したマイクロ波をアンテナで受信することで地表の形状などを観測できるセンサーを搭載した地球観測衛星の一種だ。レーダ衛星とも呼ばれる。太陽光を利用する光学地球観測衛星の撮影と異なり、衛星自身が電波を発するため、地表に太陽光が当たらない雨天や夜間でも観測できるというメリットがある。

SAR衛星はこれまで大型の衛星を宇宙機関などが開発し運用していた。日本でもJAXAの地球観測衛星「だいち」「だいち2号」にSARセンサーが搭載され、だいち2号は基盤地図整備から今回の台風19号の影響の観測まで活躍している。ただし、大型の衛星は精密な観測ができる一方で開発費も大きく、複数の衛星を打ち上げて高頻度に観測を行うことが難しい。

近年では、民間企業が小型のSAR衛星を複数機打ち上げて地球を周回させ、高頻度に観測を行う商用衛星の動きが世界的に増えてきている。フィンランドのスタートアップICEYEは85キログラム程度の衛星で、解像度1メートル四方の高精細、高頻度観測を目指している。

SAR衛星の利用分野は、地図の基盤となる地形の観測、河川の氾濫、土砂災害などの災害対応から、都市開発や物流など人為的な活動の観測など多岐にわたる。夜間や雲がある場合でも観測可能なメリットを活かし、洪水を迅速に検出することはSAR衛星に期待されている役割だ。

今回、ICEYEは台風19号の影響を受けた複数の地域を観測しているといい、「解析を行ってさらに画像を公開することも検討している」(Mikko Keranen氏)とコメントした。豪雨による河川がまさに増水している様子を深夜に観測できた実績を重ねれば、災害に対する即応性を発揮することもできる。夜間の緊急観測で民間と宇宙機関が連携し、衛星がいち早く洪水を検出できる将来を期待し、ICEYEの情報公開に感謝したい。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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