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LPGロケットからロックーンまで。欧州の小型ロケット構想

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
欧州5社によるマイクロランチャー開発構想。Image Credit: ESA

欧州は“マイクロランチャー”と呼ばれる小型衛星専用の打ち上げロケット開発プログラムを加速させている。2018年11月6日にパリで開催されたESA(欧州宇宙機関)のワークショップで、燃料にLPG(液化石油ガス)を使ったエンジンから、打ち上げ時に気球を利用するロックーン型まで、多様な構想と実現性に関する検討結果が公開された。

ESAによるマイクロランチャーワークショップの模様。Image Credit: ESA
ESAによるマイクロランチャーワークショップの模様。Image Credit: ESA

マイクロランチャーとは、ESAの定義では重量350キログラムまでの小型衛星、超小型衛星を打ち上げるための専用ロケット。1辺が10センチメートル角で重量1.3キログラムの超小型衛星“キューブサット”をはじめ、超小型衛星を活用した商業衛星網や宇宙技術の研究開発が盛んになるにつれて、顧客の希望する打ち上げ時期や軌道を選ぶ自由度が高いマイクロランチャー開発の機運が高まっている。

ESAワークショップに参加した企業の資料によれば、マイクロランチャー市場は2021年頃までの成長は横ばいだが、2022年以降に上昇に転じ、2025年以降に大きく成長して1兆ドルを超えるとの予測がある。11月11日に初の商業打ち上げを成功させたニュージーランドに射点を持つロケット・ラボ社は1億4000万ドルの資金を獲得し、ロケット製造や新たな射場建設を加速させる。とはいえ、マイクロランチャーは北米を中心に世界で100以上の開発計画があるといわれ、すでに激しい競争が見えている。

ESAはFuture Launchers Preparatory Programme (FLPP:将来型打ち上げ機準備計画)と呼ばれる5カ年計画でマイクロランチャーの開発を支援しており、民間企業が多数参加している。

不透明な市場に対応する多様なロケット

FLPPマイクロランチャー開発企業5社の中で、スペインを拠点とするマイクロランチャー専門企業がが2011年設立PLD Space(PLDスペース)だ。2021年第3四半期から液体酸素/ケロシンを推進剤とする2段型ロケットArion 2(アリオン 2)の試験打ち上げを開始し、最大300キログラムの衛星を高度500キロメートルの軌道に投入できるようになるという。スペイン国内を始め2箇所に射場を設け、年間15機の打ち上げを目指す。第1段を回収し、3回まで再利用することも計画している。2019年には試験機Arion 1の打ち上げを開始する予定だ。

Deimos(ダイモス)は、AZμLと呼ばれる計画で低軌道へ150キログラムの打ち上げが可能な2段型ロケットOrbex Prime(オーベックスプライム)を開発中だ。推進剤に液体酸素/バイオLPGを使用し、低炭素排出を打ち出している。デンマーク、スペイン、ポルトガルに開発拠点を持ち、イギリスでスコットランドに計画中のロケット射場や、ポルトガル領サンタマリア島での打ち上げを計画している。製造から打ち上げまで欧州の中で完結することも利点としている。

2018年9月、ノルウェーのNAMMO社は、ノルウェーのアンドイ宇宙センター射場から酸化剤に過酸化水素、燃料にHTPB(樹脂を使った個体燃料)を使用したハイブリッドロケットNucleusを高度107キロメートルまで上昇させることに成功している。Arian Group(アリアングループ)は、これをQ@TS計画として3段型の衛星打ち上げロケットに発展させる計画だ。100キログラムのペイロードを搭載可能で、打ち上げ価格は100キログラムあたり200万ドル(約2億3000万円)。年間22回以上という高頻度の打ち上げを目指す。また、ドイツのバイエルン州で開発中の再使用型ロケット、BAVARIA ONEも支援している。

アリアングループ傘下のアリアンスペース社は、欧州の基幹ロケットであるアリアン5、ヴェガ、ソユーズなど小型~大型ロケットを運用している。これまで、アリアンスペース社のステファン・イズラエルCEOは、ヴェガやアリアン6(アリアン5の後継機)を使用し超小型衛星を多数同時に打ち上げる“ライドシェア”方式があれば、マイクロランチャーに市場性は低いといった発言が多かった。2019年初頭にはヴェガによるライドシェア形式の打ち上げを実施する予定だ。ヴェガを製造するイタリアのAvio社もFLPPプログラムの参加企業で、改良型のヴェガ-Cは2019年には初打ち上げを予定している。

一方で、欧州宇宙政策研究所(ESPI)が公表したレポートでは、超小型衛星打ち上げロケットを「入手性」「スケジュール」「柔軟性」「打ち上げコスト」の4軸、5段階で評価。ライドシェア方式はすべての軸でバランスが取れているものの、スケジュールと柔軟性の点ではマイクロランチャーに利点があると評価している。衛星コンステレーションと呼ばれる小型衛星網の場合、構築段階ではライドシェア方式が有利だが、運用段階で衛星を交換する際には短期間で準備し打ち上げができるマイクロランチャーに可能性があるとした。アリアングループにとってマイクロランチャーの研究開発は、ESAからの要請に応える意味合いも強いと思われるが、急増する衛星コンステレーションの打ち上げ需要に対して、構築から運用まで各段階で顧客をつかめる余地を残しておくためとも考えられる。

マイクロランチャーとライドシェアの市場性比較。出典: ESPI
マイクロランチャーとライドシェアの市場性比較。出典: ESPI

MT Aerospade(MTエアロスペース)は、自社開発の2段+キックステージ型メタン推進剤ロケットに加え、気球併用方式と空中発射式という3方式を比較検討。どの方式でも顧客衛星を細かくセグメント分けし、搭載方式を変えて事業化できる可能性があるとした。比較対象となった2方式のなかで、空中発射方式は米オービタル・サイエンシズ社のペガサスXL、間もなく初打ち上げのヴァージン・オービット社Launcher Oneなどの例がある。気球併用方式は“ロックーン(ロケット+バルーン)”と呼ばれ、1950年代に物理学者ジェームズ・ヴァン・アレン博士が提唱し、日本でも1957年に糸川英夫博士らが実証を行っている。

スペインのZero 2 Infinity社によるロックーン型マイクロランチャー構想Bloostar。

ESPIレポートでは、マイクロランチャー市場の不確定要素として、将来に小型衛星市場の発展性と、衛星の利用分野の広がりを挙げている。変化の余地の大きい市場に対し、多様なマイクロランチャーの種をまいておくことが欧州の戦略であるようだ。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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