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SpaceX、民間月旅行の購入者を前澤氏と発表。イーロン・マスクが矢継ぎ早に構想を打ち出す背景

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
BFR宇宙船による飛行のイメージ。Image Credit:SPACEX
月旅行の計画と購入者を発表するSpaceXのイーロン・マスクCEO SpaceX発表映像より
月旅行の計画と購入者を発表するSpaceXのイーロン・マスクCEO SpaceX発表映像より

2018年9月18日10:00(日本時間)、米ロケット企業SpaceX(スペースX)は、2023年以降に初飛行を開始する目標の民間月旅行の計画と、最初の搭乗客が日本のファッション企業スタートトゥデイの前澤友作社長であることを発表した。

月旅行の飛行計画。SpaceX発表映像より
月旅行の飛行計画。SpaceX発表映像より

イーロン・マスクCEOと前澤社長によると、スペースXがかねてより構想している再使用型宇宙船Big Falcon Rocket(BFR:ビッグ・ファルコン・ロケット)に搭乗し、1週間ほどで月旅行を行うという。月着陸は行わず、アポロ8号のように月を周回するコースを取る。前澤社長は自らのほかに6~8人のアーティストを招待して搭乗させるという。

月旅行の費用について前澤社長は回答を固辞したが、国際宇宙ステーションへ赴く宇宙飛行士が搭乗するソユーズ宇宙船の費用を2017年にNASAがロシアから購入した際には、1人あたり7470万ドル(約84億円)の費用を支払っている。ここから推測すると、最大9人の搭乗者の費用総額は756億円以上となる。少なくとも、BFR1機の“貸し切り”費用がこれよりも大幅に低いということはないだろう。また会見でマスクCEOはBFRの開発費用を推定50億ドル(約5600億円)と述べた。

BFR宇宙船、「ラプター」エンジンの燃焼試験 SpaceX発表映像より
BFR宇宙船、「ラプター」エンジンの燃焼試験 SpaceX発表映像より

BFRは現在、「ラプター」メインエンジンの燃焼試験などが始まっている。2019年には本格的な試験を開始し、2020年には高速試験飛行を行う目標だという。

2017年2月の構想では、スペースXによる月旅行は同社の大型ロケットFalcon Heavy(ファルコンヘビー)とDragon宇宙船(クルードラゴン)を使用し、2018年末に2名の乗客を搭乗させるというものだった。だが、2018年2月のファルコンヘビー初打ち上げ後にこの構想は「BFR登場後になる」と変更された。BFRの地球軌道での試験飛行は2020年ごろとされているが、ファルコンヘビーの初飛行が4年以上遅れたことを考えれば、同様に遅れる可能性は十分ある。スペースXの月旅行が実現したとしても、2020年代の後半ではないだろうか。

月基地構想も視野に、ジェフ・ベゾス率いるBlue Originの月旅行

矢継ぎ早に華やかな構想を打ち出すスペースXとは対象的に、Amazon.comのジェフ・ベゾスCEOが設立したロケット企業Blue Origin(ブルー・オリジン)は、ゆっくりと情報を小出しにしながら月を目指す計画を進めている。

Blue Origin社の月着陸機Blue Moon。Image Credit:Blue Origin
Blue Origin社の月着陸機Blue Moon。Image Credit:Blue Origin

2018年に入って、ベゾス氏はブルー・オリジンの月計画Blue Moon(ブルームーン)について語った。現在、トランプ政権が打ち出している月開発を歓迎し、月基地構想に参加するというものだ。NASAによる要素開発計画にも参加しており、この8月には総額1300万ドル(約15億円)の開発費を受け取るパートナーに選定された。これは、月の表面に貨物を送る着陸機の開発に関するものだ。

15億円の開発は、月開発にかかる費用の中ではごく一部でしかない。これは今後始まる、NASAが小出しに開発費をつけながら、多くの企業の中から確かな技術と開発を続ける人的、資金的体力を持った企業をふるい分けていくプロセスの始まりと見るべきだろう。

ブルー・オリジンは、それだけの体力を持つ企業だと考えられる。同社のロードマップでは今後5年以内に有人の月基地建設につながる月着陸ミッションを行う計画だ。開発計画には月着陸機だけでなく、New Armstrong(ニュー・アームストロング)と呼ばれる大型ロケットの開発構想も含まれる。ベゾス氏はブルー・オリジンの宇宙事業にAmazon.comの株式から毎年10億ドルを当てていることを公表しているが、月開発にはさらなる資金を充当するつもりもあるという。

ブルー・オリジンの月計画や開発中のNew Glenn(ニュー・グレン)ロケットのさらなる詳細は10月1日から開催される国際宇宙会議(IAC)で発表される予定だ。計画のどこかに月宇宙旅行が入っている可能性はあるが、民間宇宙旅行そのものが月開発の目標になり得るかといえばかなり疑問だ。

ブルー・オリジンが開発中のNew Shepard(ニュー・シェパード)宇宙船による弾道宇宙旅行の価格が1人あたり最大で30万ドル、搭乗客数が6人であることを考えると、1回の弾道宇宙旅行で収入は2億円程度になり、到底、ロケット打ち上げ費用を賄いきれない。民間旅行の収益でペイするには宇宙開発の費用はあまりにも巨額だ。

宇宙開発における存在感

筆者は、民間で月開発を行うには、国家や政府機関が月開発を指向するときに技術を持って応えられるプレゼンスが必要だと考える。ブルー・オリジンは月着陸機という要素開発への参加をもって存在感を示したが、スペースXにはまだそれがない。

これまで、スペースXは望むビジネスを手に入れる際に世論を味方にするような大きな主張をしてきた。2004年当時、NASAを顧客にしようと奮闘していたころ、NASAはキスラー・エアロスペースという民間ロケット企業と開発契約を結んでいた。キスラーの開発責任者ジョージ・ミュラーはサターンV、スカイラブ、スペースシャトル開発を手がけた伝説的エンジニアであり、契約は実質的にNASAが大先輩の関わる企業に対して救済措置として行われたという見方がある。

これに異を唱えたのがスペースXだった。「NASAが同様の契約の機会をキスラー以外の企業に与えないのは不公正だ」と議会に訴えた。SpaceX内部では「顧客にしようとしているNASAを敵に回すようなことをしてよいのか」と懸念の声が上がったというが、イーロン・マスクは主張を取り下げず、最終的に議会はその主張を認めた。

また、アメリカの軍事衛星や政府系衛星の打ち上げを一手に担ってきたUnited Launch Alliance(ULA:ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)の運用するロケットAtlas V(アトラスV)がロシア製エンジン「RD-180」を使用していることの是非を問い、激しい論争を巻き起こした。その後、スペースXは米空軍とGPS衛星の打ち上げ契約を勝ち取った。

スペースXがこれまで示した民間宇宙開発の公平性や、他国の要素技術に頼ることへの懸念という論点は受け入れられたが、同じ民間企業の立場で独自の開発を続けてきたブルー・オリジンはその点で隙がない。そこで、民間宇宙旅行という開かれた宇宙をアピールし、スペースXならではの月開発の存在感を示す目的があるのではないだろうか。評価は10月のIACでのブルー・オリジンによる発表まで保留してもよいだろう。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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