70年の時を経て『寄せ書き日の丸』を故郷へ!日米の橋渡しする「寄せ書き日の丸」返還運動とは

写真提供:一般社団法人 OBON SOCIETY(旧名OBON2015)

一般社団法人 OBON SOCIETY(旧名OBON2015)は「寄せ書き日の丸」を日本の遺族・関係者に戻そうという取り組みを行っています。この団体は「寄せ書き日の丸」が遺族や関係者のもとに戻らないことに心を痛めたアメリカ・オレゴン州在住のレックス・敬子 ジーク夫妻が立ち上げました。これまで何枚もの「寄せ書き日の丸」を遺族・関係者のもとに戻したほか、多くの返還を待つ「寄せ書き日の丸」の遺族・関係者を捜索しています。

「寄せ書き日の丸」とは

もう70年前になる第二次世界大戦に日本も参戦したことはご存知だと思います。そのとき、戦地へと出征する兵士を激励し、また郷里の皆が常にお前を守っているんだよ…と、お守りのように出征兵士の関係者が思いを込めて日章旗に寄せ書きし、兵士に手渡し贈ったのが「寄せ書き日の丸」です。

その出征兵士が残念なことに戦死、または捕虜になるなどして、この「寄せ書き日の丸」が米英軍兵士の手に渡り、それが70年経ってネットオークションに出されるなどしてその問題が表面化し、また返還の動きがあることも同時にネットを経由して知られるようになって、現在に至っているわけです。

しかし、このことは日本国内ではほとんど知られていなかったと思います。最近では「一般社団法人 OBON SOCIETY」の取り組みや働きかけに在日米国大使館のサポートを始め、戦後処理を担当する厚生労働省や日本遺族会がホームページを作るなどの取り組みを行っています。

特に先の大戦末期の日本軍が悲惨な撤退戦を繰り返しあちこちの方面で玉砕による全滅が相次いでいた際に戦死された方などは当然、遺体の回収もままなりませんから、戦死の告知と共に送られて来たのは遺骨でなく代用の小石一個という話がよくありました。

そんななか、遺族のもとに唯一の遺品として初めて戻ったのが「寄せ書き日の丸」というケースも多く、遺族や寄せ書きを実際に書いた関係者が存命の場合は、たいそう喜ばれています。「まさに奇跡だ」と仰る方もいたほどです。

海外では日本兵から奪った「寄せ書き日の丸」を返還する動きが

第二次世界大戦に入って、殆ど全員の日本兵が所持していた「寄せ書き日の丸」を連合軍兵たちが戦利品として持ち帰りました。しかし、兵士達は日本語が読めず、意味も分からないまま、敵国の国旗であると思っていたのです。

これらの無数の「寄せ書き日の丸」は、戦後70年近くになった現在、元米兵のご本人、もしくはそのご家族や親戚が、日本にとって大切な物であるのではないか、と返還を希望される人が増加してきています。中には営利目的で売買する人がいる反面、元米兵や、そのご家族たちは、日本の遺族へ返還するべきものであると、「一般社団法人 OBON SOCIETY」へ連絡して来られます。

それは、日本の遺族の為だけではなく、米国人にとっても過去の戦争に対する思いに「終止符」を打てる貴重な機会となり、相互関係の和解と友好に繋がっていくのです。「家族」とは、国際間を乗り越え、誰一人にとっても共通に大切だと言う事が、「寄せ書き日の丸」返還を通して両国間の家族へ伝わっているのが現状です。

「寄せ書き日の丸」のことをみなさんに知って欲しい

もし周囲やネットで「寄せ書き日の丸」があることに気づいたら、厚生労働省「一般社団法人 OBON SOCIETY」に情報を寄せて欲しい、ということです。

また、この問題においては在外日本人の皆様の役割が重要です。あなたは日本軍兵士の遺品に近いところにいらっしゃる、情報に触れる機会が多い方でもあるのです。もしあなたの周囲で日本人の遺品が売買されていることを知ったら、ぜひ日本の厚生労働省「一般社団法人 OBON SOCIETY」に連絡して欲しいと思います。

戦没者の個人名が記載された日章旗などをインターネットオークションなどに出品された場合、御遺族の心情を害することもあります。取扱いにお困りの場合、厚生労働省の資料で御遺族が特定できることもありますので、ぜひ情報をお寄せ下さい。

厚生労働省:寄せ書きのある日章旗や千人針など戦没者の遺品をお持ちの方へ