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著名な会計評論家はなぜ18年目にして再審請求を起こしたのか?「人質司法サバイバー国会」報告(第8回)

赤澤竜也作家 編集者
2022年12月、東京地裁に粉飾決算事件の再審を請求した細野祐二氏 撮影:西愛礼

粉飾決算のような経済事件が起こるたび、会計評論家としてマスコミからコメントを求められる細野祐二さん。

30代半ばで大手監査法人KPMG日本の代表社員になるなど公認会計士として活躍していた2004年3月、害虫駆除会社キャッツの株価操縦事件に関連して、証券取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴されたという過去を持つ。

水も飲ませず「検察をなめるな!」と叫ぶ取調官

細野さんの著書『公認会計士VS特捜検察』(日経BP社)によると、2004年2月下旬に初めて特捜部に呼ばれた細野さんは検事からこう告げられたという。

「細野祐二ですね。これからあなたをキャッツの株価操縦事件の被疑者として取り調べる。参考人ではないので、あなたには黙秘権がある。しかし行使するな。黙秘権を行使することは、あなたのためにならない」

のっけから「黙秘権を行使するな」とは驚きの発言なのだが、それだけではない。2時間ほどの事情聴取がひと区切りついた午後6時前のこと。これで一応終わりかなと安心しかけた瞬間に、

「いつまでそんないい加減なことを言っているのだ! お前の言っていることは全部ウソだ! そんなウソでSEC(証券取引等監視委員会)はごまかされるかもしれんが、検察はそうはいかんぞ! 検察をなめるな!」

と検事は立ち上がって大声を出し、足を踏み鳴らしながら、机の上から身を乗り出すようにまくし立て続けたという。健康上の理由で医師から小まめに水分補給をするよう指示されていたにもかかわらず、7時間にわたって水を飲むことすら禁じられてのことである。

逮捕後も自白調書への署名を拒み続けた細野さんの勾留は190日間に及んだ。

控訴審で明かされた人質司法の実態

細野さんの主張はキャッツの経営者と粉飾決算を共謀しておらず、そもそも問題とされた決算は適正なもので、粉飾自体が存在しないというものだった。

しかし2006年3月、東京地裁は執行猶予付きの有罪判決下す。即日控訴した細野さんはみずから新証拠を集めてまわり、一審で細野さんの関与を証言したキャッツの幹部に真実を話してくれるよう頼み続けた。

細野さんの熱意は実り、控訴審では専務が、

「逮捕勾留され最初の7日間は事件について一切話をしなかったが、『認めなければ一生拘置所から出られない』と検事に言われ、血糖値が高く、このままでは死んでしまうと思い、『一瞬でも株価操縦があれば株価操縦罪は成立する』と言われたことから認めることにした」

「家内と娘が接見に訪れ、『大家から家を出て行けと言われていること、銀行預金がすべて封鎖されてしまい、金がないこと』を告げられた。自分が保釈で出ないことには一家が成り立たず、なんとしても保釈で出なければならないと思い、事実と違う調書に署名してしまった」

と涙ながらに証言。なにを言っても聞いてもらえないと絶望し、検察官の作ってきた調書にそのまま署名したのだという。まさに人質司法の餌食となって虚偽供述せざるを得なくなった事情を法廷でつまびらかにしたのである。

常務もまた、

「検事が(供述を)誘導する。検事は『ここで金が出ているんだから、この日の会議に細野がいないとおかしいだろ』とか『この日に共謀しているんだから、K(事件に関係するコンサルタント)がいないわけないじゃないか』と誘導するが、自分には反論する証拠がなかった」

と述べ、その場にいないはずの人物がいたと偽りの事実を話さざるを得なくなるような誘導尋問の実態を明らかにした。

のべ40日の証人テスト。八百長が蔓延する検察側の法廷尋問

また証人テストについてもキャッツの社長から驚くべき証言があった。

証人テストとは法律関係者が使う用語であり、一般にはあまりなじみのない言葉かもしれない。刑事裁判の証人尋問に先立ち、検察官、もしくは弁護人が自己の側の証人となる者に面接を行い、主尋問の準備を行うことを指す。

刑事訴訟規則の規定に基づいて行われるもので、証人に対し尋問予定事項を知っているか確認したり、記憶を喚起させる、あるいは整理させておくことは許されるとされている。

しかし社長に対して行われた証人テストはその趣旨から大きく逸脱したものだった。

『公認会計士VS特捜検察』に記された法廷での社長の証言概要はというと、

「一審の証言は証言内容をノートに記載させられ、検事の手直しを受けた上で丸暗記させられたものを話した。40回リハーサルをやらされた」

「一審公判での7回の証言のあとは、毎回検事の部屋で反省会をやらされ、証言の不十分な部分は次回修正させられた」

「逮捕・勾留・実刑への不安から、事実と違う調書や証言を行わざるを得なかったが、これをこのまま見過ごすことは人間としてあってはならないと思い、本日再び証言台に立つこととした」

検事に言われた証言内容をノートに書き込み、のべ40日にわたってそれを実際に何回も復唱。句読点ひとつ、助詞ひとつ間違えてもやり直しをさせられたという。

もはや証言ではなく演劇である。これを誘導尋問と言わずしてなんと表現すればいいのだろうか。人間の記憶などあいまいなものである。こんなことをされた当事者はなにが本当なのかわからなくなってしまい、容易に供述がねじ曲げられてしまう。まさに冤罪の温床である。

現在、検察独自捜査事件の取調べは逮捕後に限って録音録画が義務づけられている。しかし証人テストについての可視化は行われていない。

本年8月には、河井克行元法相による大規模買収事件で公選法違反に問われた元広島市議が、証人テストの内容を録音したものの文字起こしを公表。記者会見で「検察から不起訴を示唆されて供述を誘導された」と訴えた。

人質司法を補強する重要なパーツのひとつである証人テストの闇はまだ明かされていない。

「キャッツの決算書は粉飾ではありません」

「人質司法サバイバー国会」における細野さんのスピーチは以下のように始まった。

「2004年、上場企業であるキャッツが粉飾決算をしたという事件で、わたくしはその会社の会計監査をやっていた監査法人の代表社員でございましたので、粉飾の共謀ということで逮捕されました。190日間勾留されて、懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受けて最高裁で確定した者です」

重要証人がみな、一審での証言をひっくり返したにもかかわらず、2007年7月の東京高裁判決はそれらを信用できないとして控訴を棄却。2010年5月に最高裁で有罪が確定してしまったのである。

ちなみに控訴審判決の1ヵ月後、無罪を信じて細野さんを支え続けた奥さんを白血病で亡くしているという。

「わたくしは、逮捕されたそのときから『この決算書は粉飾ではありません』ということをずっと言っています。この決算は粉飾ではないんです。粉飾ではない決算をわたしは公認会計士として正しく指導してきたわけです。だからわたしは逮捕されたときに弁護士に『先生、正しい決算書を指導するのは共謀と言わないんじゃないですか』と言ったのですが、弁護士は聞く耳を持たなかったですね。今回、事件が終わってもう18年経ったんですが、わたくしは、『どうしてもこの決算が正しかったんだ』という思いが消えませんので、大変な時間とエネルギー、もちろんお金もかけて証拠をそろえ、昨年の12月に再審請求をいたしております」

問題となった決算書に対して有価証券報告書の訂正報告書は出ていない。会計的に適正であると確定している財務諸表を作成したことで有罪になるのはおかしいではないか。細野さんはそう考え、再審請求中なのである。詳しくは以下のサイトを参照していただきたい。

エコノミストonline「人質司法にNo!」元会計士が再審請求した深いワケ 稲留正英(編集部)2022年12月29日

日経新聞電子版「キャッツ事件、18年目の再挑戦」2023年1月18日

「社会にこの現実を知ってもらいたいんですよ」

細野さんの発言に戻ろう。

「証拠が強い、弁論も非常に強いので、きっと再審になると思います。なると思いますが、そうなれば必ず検察官は抗告をしますので、そうすると、抗告審でまた同じ争いをすることになると思います。それも勝つかもしれません。そうしたら検察官は必ず特別抗告をしますので、延々とこの争いが続いていくことになって、じゃあ、いつなのかということになるのですが、永久に終わらないんだろうと思うんですね。あと30年くらいかかるんじゃないでしょうか。要するにわたしが死なないとダメなんですよ。死ぬのを待っているわけですから。だからわたくしは別に無罪判決を取って、もう一度公認会計士として名誉を回復して活躍したいと思っているわけではありません」

最初の裁判でも無罪獲得のため、6年にわたって苦闘を続けた細野さん。18年目にして再度、再審に挑もうと決意した理由はなんだったのか。

「社会にこの現実を知ってもらいたいんですよ。先ほど来、いろんな方がここでひどい人質司法の問題を訴えておられましたが、あの通りなんです」

「でも国民は聞かないじゃないですか。それから法改正をしなきゃいけないんだけれども、国会議員は動きませんよね。国会が動かないのはなぜなのか。この人質司法は票にならないからですよ。なんで票にならないかというと、国民がこの話は暗くて、悲惨だから、聞きたくないからですよ。こういうような活動をどんどんとやっていかなくてはならない。わたしもずっと発信しているんですけれど、なかなか拡がりませんよね。だけど、そのなかでわたしの再審が開始されたとなったならば、さすがにメディアも取材してくれるじゃありませんか」

「このような活動をやっていくことによって、このひどい、根底から腐りまくった日本の刑事司法をたとえわずかでも、どっかでもいいので、変えられる力になれればいいなと思っています」

過去の再審請求で無罪判決を勝ち取ったのは殺人などの凶悪事件だけで、経済事件では皆無だという。そんなことは百も承知で動かれたに違いない。

細野さんの今後の闘いに目が離せない。

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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。

https://innocenceprojectjapan.org/archives/4701

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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