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大坂なおみのウィンブルドン2回戦の勝利を、対戦相手の地元英国期待選手の視線から見てみる

内田暁フリーランスライター
試合後にネット際で検討を称え合う大坂(右)とボルター(写真:アフロ)

 ウィンブルドン2回戦の対大坂なおみ戦は、彼女にとって、キャリア通算3度目のトップ20プレーヤーとの対戦だった。

 一度目は、1ヶ月前のノッティンガム大会。ツアー大会で初めてベスト8まで勝ち上がった彼女は、世界17位のアシュリー・バーティと戦い敗れた。

 二度目は、その僅か数日後のバーミンガム大会。初戦で対戦し完敗を喫した相手は、世界の18位だった。

 そして迎えたウィンブルドン――奇しくも彼女は2回戦で、バーミンガムと同じ選手と相対する。つまりはケティー・ボルターにとり、大坂は2週間前に当たり敗れたばかりのトップ20位選手だった。

 現在21才のボルターは、10代前半から母国イギリスでは期待の目を向けられてきた、言わばエリート選手である。8歳の頃から英国テニス協会のサポートを受け、15才の時には、ジュニアの登竜門と呼ばれるオレンジボウル16歳以下の部で準優勝。それらの活躍もあり、ナショナルトレーニングセンターでアンディ・マリーの母親や、アナ・イバノビッチの元コーチでもあるナイジェル・シアーズらの指導を受けてきた。スラリと伸びた長身と、綺麗に編み込んだブロンドを揺らす愛らしい容姿もあいまって、「イギリスのアンナ・クルニコワ※」と呼ばれたこともあるという。

 ただそれら輝かしいジュニア時代の成績に比べると、プロ転向後の彼女は、やや伸び悩んだと言えるかもしれない。世界ランキング200位の壁を破ったのが、20歳を迎えた昨年末のこと。今季はツアー大会の予選にも挑戦しながら経験をつみ、特に芝で戦績を伸ばす。2年連続の主催者推薦出場となるウィンブルドンを迎えた時には、ランキングはキャリア最高の122位に達していた。

 

■明確な戦術と目的意識を抱き挑んだ、大坂との再戦■

 初戦を突破しグランドスラム初勝利を手にしてボルターは、2週間前に対戦したばかりの一歳年少の格上選手に挑むに際し「前とは違うことを幾つか試そう」と思っていたという。前回の対戦では、芝の上を滑り食い込んでくる高速ショットに圧倒され、あっという間に試合が終わってしまった。だから今回は「スライスなどを多く使い、一本でも多くのボールを相手コートに返す」ことを心がける。実際に迎えた試合では、序盤は互いにブレークを奪い合う競った攻防を演じて見せた。緩急織り交ぜ、特にスライスと強打を使い分けるバックのショットで、大坂の読みを外しリズムを崩す。最終的には、自力に勝る世界18位に敗れるも、試合後の彼女は「持てる力は全て出した。『もっとこうすれば良かった』というような悔いは一切ない」と清々しいまでに言い切った。

 対する大坂は「彼女は2週間前よりも遥かに良いプレーをした」と、対戦相手の変化に素直な驚きを口にした。「ブロックリターンを多く使ってきたこと。そして我慢強く戦いチャンスを見極めてきたこと」を、具体的な相違点としてあげもする。

 そんな勝者に英国の記者が、「今日の相手がトップ100に入っていくには、何が必要だと思う?」と問うた。目を丸くして「私にそんなこと聞くの?」と問い返した彼女は、「そうね……」とやや戸惑いながらも、誠実に応じた。

「彼女は素晴らしい選手だと思う。リターンが良く、私には珍しいほどリターンエースも決められた。ただ打ち合いで私がスピードを速めた時には、押されていたようだった」。

 会見が日本語のそれ切り替わった後、大坂は件のやり取りを「私が対戦相手について語るなんて、今まであまりなかったこと」と恥ずかしそうに振り返る。

「なんか年を取ったような……先生みたいで変な気分」

 そう言い彼女は、ふわりと笑った。

 

 一方のボルターは、大坂との2度の対戦を通じ“自分が向かうべき場所”を視覚化できたことが嬉しいと、目に光をたたえて言う。

「バーミンガムで初めて対戦した時、私が何をすべきかを彼女を通じ知ることができた。私だけでなくチーム全体にも、明確な目的意識を植え付けてくれた。だから、その2週間後に遥かに良いプレーが出来たことが嬉しい。今日はちゃんと試合になっていた、勝つチャンスもあると思えた」。

 ボールを速いタイミングで捕らえること、ボールの背後に素早く入り打ち返すこと……それらが2度の対戦から学んだ、今後に向けての最大の課題だったという。

 将来を嘱望されてきた21歳が、トップ20との2度の対戦の先に見た、自分が歩むべき道筋――。

 そしてそれは同時に、20才のトップ20選手にとっても、ツアーにおける自分の立ち位置を克明に浮かび上がらせ、新たな視座や自覚をもたらす経験となったはずだ。

 

※アンナ・クルニコワ:90年代後半から2000年代前半にかけて人気を誇ったロシア選手

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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