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全仏準優勝で「ダブルス極める」宣言。その背景にある女子テニスの現状と複雑なオリンピックへの道のり

内田暁フリーランスライター
表彰式で準優勝のプレートを抱く二宮真琴(右)と穂積絵莉(写真:アフロ)

 「今回のプレーや結果で、私はダブルスを極めたいと思いました」

 

 先の全仏オープンダブルスで、日本人ペアとして初めてグランドスラムの決勝に挑んだ穂積絵莉と二宮真琴。その決勝を終えた時、二宮は“ダブルス専念宣言”とも取れる言葉を残した。

 テニスにおけるこの発言は、ある種の覚悟の意思表示である。それは二宮本人も明言したように、「やりたいシングルスを捨てる」ことを意味するからだ。

 

 女子テニスのトップグレード大会群が“WTAツアー”と呼ばれることに象徴されるように、テニスプレーヤーの日常とは、正に旅と共にある。

 選手たちは自身のコンディションや、移動時間などの物理的条件、そして遠征費用と賞金などを照らし合わせながら、年間20から25ほどの出場大会を世界各地から選んでいく。その際に、出場の可否を決めるのがランキング。ランキングは単複の双方にあり、この強さの指標とも言える数字が高ければ、より上のグレードの大会に出られる仕組みだ。

 

 それら世界中を旅する女子選手たちの中で、ダブルスに専念するプレーヤーの数は、実はさほど多くない。近年ではグランドスラムに加え、ツアーでもシングルスランキングでのダブルス出場枠が設けられるなど、単複出場がより可能な方向に進んでもいる。

 そのような時流が女子に顕著な理由の一旦は、賞金額にもあるだろう。グランドスラムでの男女賞金同額が大きく謳われるため見逃しがちだが、ツアー大会レベルでは、男女の差はまだ大きい。例えば先週オランダで開催されていた男女共催のリベマ・オープンでは、大会の格付け的には男女とも同等ではあるが、男子の賞金総額は612,755ユーロ(約7,880万円)で、女子のそれは$250,000(2,770万円)。優勝賞金も、男子109,310ユーロに対し女子は34,677ユーロと、約3倍の開きがある。なお、ダブルスの賞金は多くの場合シングルスの3分の1ほどで、それをさらにパートナーと折半することになる。シングルスとは相当な格差ではあるが、それでも当然、あるに越したことはない。

 このようなツアーの現状下で難しい判断に直面するのが、単複のランキングの乖離が大きな選手である。もっと言うなら、ダブルスランキングの方がシングルスのそれに比べて高い選手。二宮はまさにこのケースで、現在のダブルスランキングは23位に対し、シングルスは621位。ダブルスならば、自分と同等のランキングの選手と組めば、ほぼどの大会にも出られる。だがシングルスでは、WTAツアーよりも下部の大会群に出なくてはならない。シングルスを考慮しながら出場大会を選んでいけば、パートナーを固定するのも不可能になる。

 そのようなジレンマを抱えながらこの1年ほど転戦してきた二宮は、今年に入った頃から、ダブルス専念を考えるようになり始めた。そうすべきだと勧める周囲の声も、自ずと耳に入ってくる。それでも「シングルスで勝ちたい気持ちが強かった」が、今回の全仏準優勝で「私が東京オリンピックでメダルを取れるのはダブルス」と確信した。決勝に勝ち進んだ時点で、気持ちは既に固まっていたという。

■個々のツアースケジュールとの兼ね合い。複雑な出場条件■

 二宮が今回の決断を下したのは、2年後に迫った東京オリンピックの存在が大きいのは間違いない。ただ、パートナーを含め今後どう具体的にメダルを目指すかとなると、その道程は少々複雑だ。

 まずテニスのオリンピック代表は、国ごとに出場枠がある訳ではない。一カ国の人数上限はあるものの、基本的には世界ランキング上位選手に出場権が与えられる。ダブルス出場にはシングルスランキングも用いられるが、ダブルスランキングトップ10の選手は、パートナーを自由に選んでの参戦が可能だ。となるとオリンピックを目指すということは、ツアーを転戦しランキングを伸ばすことに直結する。ただし、東京オリンピックの出場選手が決まるのは2年後の全仏オープンの直後。そしてテニスのランキングポイントは、1年で失効する。つまりは東京オリンピック出場権獲得レースが始まるのは、ちょうど1年後の2019年6月から……ということになる。

 

 日本テニス協会強化本部長の土橋登志久氏は、1年後にはペアを固定し、五輪に照準を合わせていきたいと言った。現在のダブルスランキングトップ100には、二宮、青山修子、穂積、日比野菜緒、加藤未唯と、ツアー優勝やグランドスラムのベスト4経験者が名を連ねる。

 これらの選手たちをどう組み合わせるのが良いか、どうすれば多くの選手が東京五輪に出られるかは、まだ解の見えないパズルだ。シングルスランキング100位台の日比野や加藤、穂積らは、単複の兼ね合いが絡んでくる。二宮にしても「日本人選手と組んで行きたいが、同時に、海外の選手とも組んで自分の幅を広げたい」と言った。それらの点も考慮しながら、ここから先の1年間で「協会として、どのようにサポートするのがベストか。どう組むのが良いのかを見極めていく」のが土橋氏たちのタスクとなる。

 今回の全仏で二宮とペアを組んだ穂積は、「テニスでは、勝った喜びを感じられるのなんて本当に一瞬」だと言った。穂積は全仏後に帰国し慌ただしい数日を過ごした後、今はイギリスのツアー下部大会に出場している。二宮は、ウインブルドンでダブルスを組むカラシニコワと共に、マヨルカ島開催のツアー大会へと向かった。

 オリンピックは、旅路の先に確かにある。だが、まだ遥か彼方でもある。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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