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全仏オープン予選:クレー巧者とのフィジカルバトル制し、加藤未唯が「大好き」な全仏で初のGS本戦へ

内田暁フリーランスライター

○加藤未唯 63 36 64 ジャベール●

「率直な……?」

予選を勝ち上がり、グランドスラム本戦初出場を決めた「率直な気持ち」を尋ねると、彼女は問いを聞き返し、頬を緩め「ただただ、うれしい」と八重歯をこぼしました。いつもはユーモラスな受け答えや、照れ隠しのような言動でなかなか本心をつかませてくれない加藤未唯が、真っ直ぐに見せた心の内。さらに彼女は、続けます。

「初めて本戦に上がれたのが、ローランギャロスですごくうれしいです。クレーがすごく好きで、本戦に上がれるなら、フレンチだったら一番うれしいな……と思っていたので」

昨年、ジュニア以来5年ぶりに会場を訪れた時から、懐かしさを伴う心地よさと、クレーで戦えるという自信を感じたのだと彼女は言いました。

とはいえクレーでの経験やローランギャロスとの相性では、予選決勝の相手のジャベールも絶大なる自信を持っていたでしょう。何しろ加藤と同期の22歳は、2011年全仏ジュニアの優勝者。その前年にも決勝まで達している、早熟のクレースペシャリストです。

ジャベールがクレーを好むその訳は、プレースタイルを見れば一目瞭然。強打から一転、突如として放つドロップショットに、バウンドと同時に止まるようなスライス。さらには豪快なジャックナイフなど、トリッキーかつ赤土の特性を熟知したショットを次々に繰り出します。

そのクレー巧者相手に、「クレーで走り回るのが好き」という加藤は、言葉通り走りまわり、小柄ながらダイナミックなフォームで放つフォアのスピンショットと鋭いバックで、相手を走らせミスを誘います。第6ゲームを懸命の守備でもぎ取った加藤が、第1セットを奪取しました。

しかしクレー巧者がジリジリと本領を発揮し始めたのが、第2セットの中盤頃から。息を飲むようなドロップショットや、長短自在のスライスで加藤の展開力を封じたジャベールが第2セットを奪回。試合は、加藤曰く「フィジカルバトル」のファイナルセットへともつれ込みます。

会場スタッフが「帽子を被り、水を飲むように」と観客に促すほどの猛暑のなか、フィジカルバトルの様相が最高潮に達したのが、加藤がブレークし3-1で迎えた第5ゲーム。3度目のデュースでジャベールの放ったドロップショットは、ネットの上に乗るようにして、加藤のコートにポトリと落ちます。快足を飛ばし、赤土が削れるほどにシューズを滑らせ必死にラケットを伸ばすも、ボールは相手コートに返らず……。あわやネットに突っ込みそうになって転倒し、スコートや足についた土を払いながら立ち上がる加藤の思い詰めたような表情は、気まぐれなボールの行方を嘆いているかに見えました。

しかしこの時、彼女が考えていたことは、外野の想像とは全く違ったというのです。

「2バウンドする前にボールに触れた。よっし!」

不運よりも、自身の鋭い反応に目を向けた加藤は、最終的に7度のデュースの末にこのゲームをブレークされるも「相手のナイスプレー。手を叩く(拍手する)しかない」と割り切ったと言います。さらにもう一つ、このゲームで彼女が得た好感触がありました。

「もう相手は、ドロップを打つしかなくなっている。それさえちゃんと処理できれば、やれることなくなるだろう」

その確信が心に一本芯を通したかのように、その後も互いにブレークを奪う一進一退の攻防でも、加藤は強気なプレーと集中力を途切れさせません。

そうして相手サーブの第10ゲームで手にした、この試合最初のマッチポイント――。

振り切ったフォアのリターンに差し込まれた相手のショットは、ラインを大きく逸れていきます。その瞬間、両手でガッツポーズを握りしめ、天を仰ぎ叫び声をあげる加藤。それは、2時間の試合を通じて律し続けた心の奥底から、全ての感情を解き放つようでした。

歓喜の勝利から、約1時間後。彼女はまだ本戦のドローを見ておらず、自分がどこに入る可能性があるかも全く確認していませんでした。

誰か対戦したい選手はいる? 

そう問うと、「やりたい人? え~、誰かなぁ……」

しばし黙した後に、「別に誰が相手でも。日本人との対戦も、そんなに嫌じゃないです」と言って浮かべる笑み。

最後はいつもの加藤節を残して、「楽しみ」にしている本戦へと向かいます。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日全仏オープンレポートを掲載中

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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