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20歳のA・ズベレフがローマ・マスターズ初制覇 ついにこじ開けた次世代への扉

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

イタリア国際テニス決勝 ○A・ズベレフ6-4,6-3 N・ジョコビッチ●

“Next Gen Arena”――。

ローマ・マスターズ開催地のフォロ・イタリコで2番目に大きなテニスコートは、次世代の到来を待ちわびるようにそう名付けられている。57年の歴史を持つ会場の重厚感とはやや趣を異にするモダンな建造物の壁面に踊るのは、未来のテニス界を担う若手たち。その中でも一際存在感を放つのが、未来の世界1位と目される、アレクサンダー・ズベレフだ。今季からイタリア(ミラノ)で、21歳以下によるツアー最終戦“Next Gen ATP Finals”が開催されることもあり、今年のローマでは、新世代に向けられる視線は例年以上に熱を帯びた。その中心にいたのが、20歳にして世界17位につけるズベレフだった。

そのような時勢を背に受けるかのように、ズベレフはローマのドローを駆け上がる。初戦で2年前のトップ10選手K・アンダーソンを接戦の末に破ると、以降もM・ラオニッチ、そしてJ・イズナーと並み居るビッグサーバーを攻略。初戦から準決勝まで全59のサービスゲームのうち、落としたゲームは僅か5つ。198cmの長身から叩き下ろす高速サーブを主軸とし、息詰まる精神戦も切り抜けた末に達した、頂上決戦の舞台だった。

「ナダルが20歳で優勝して以来、最年少のローマ大会優勝なるか?」「1990年代生まれ初のマスターズ優勝者誕生なるか?」――。

本人も「予想もしていなかった」マスターズ決勝進出は、20歳の若者の双肩に様々な歴史を背負わせもする。ATPが数年前から盛んに「NEXT GEN(新世代)」キャンペーンを銘打っていたことからも分かるように、世代交代はテニス界そのものが抱える命題。ズベレフとジョコビッチの決勝は、その真価を問うかのような一戦でもあった。

押し寄せるそれらの期待を、本人が感じていない訳はない。決勝を控えたズベレフは、「今季の戦績を見れば分かるように、まだまだビッグ4(マリー、ジョコビッチ、ナダル、フェデラー)がテニス界を支配している」と上位勢に敬意を評しながらも、こう続けた。

「しかし全てのテニスファンにとって悲しいことに、彼らは永遠にプレーする訳ではない。だからATPは僕らを推しているわけだし、メディアも僕らの知名度を上げるために良い仕事をしている。周囲の期待は感じるし、僕らは互いに互いを押し上げてもいる」

決戦前夜――ドイツ人記者たちが「努力家で野心家」と評するズベレフは、その時の到来を、静かに視野に捕らえているようだった。

決勝戦のセンターコートは観客が溢れるほどの超満員で、それらファンは若手の台頭を喜びながらも、大勢としては、この地で圧倒的な人気を誇るジョコビッチの勝利を望んでいるようだった。しかし試合立ち上がりに硬さが見られたのは、翌日に30歳の誕生日を控えたジョコビッチの方だ。いきなりのダブルフォルトでの幕開けが、その後の展開の兆しとなる。以降もジョコビッチはフォアのミスが続き、最初のゲームでブレークを献上した。

対するズベレフは、「キャリ最高の試合かもしれない」と振り返るほどの圧巻のパフォーマンスを、スタートから見せつける。サーブは常時210キロ前後を計測し、しかも70%以上の高確率でファーストサービスがコートを捕らえた。さらにはバックのストロークが鋭角に深く決まり、ジョコビッチを左右に振り回してはフォアで仕留めるパターンが面白いように決まる。

劣勢のジョコビッチに向けられる大声援にも揺るがぬ20歳は、第2セットでも第3ゲームを早々にブレーク。自身のサービスゲームは落とさぬどころか1本のブレークポイントすら与えることなく、脇目も触れず疾走する若者は、試合開始から1時間21分後にフィニッシュラインを駆け抜けた。

優勝から約1時間後……会見室に現れた彼の表情は落ち着き払い、むしろ報道陣の方が「パリ(全仏)でも優勝できると思う?」とたずねるほどに色めき立つ塩梅だ。その問いに20歳のマスターズ優勝者は、苦笑いを浮かべながらも目に光を湛えて答えた。

「ローマに来た時は、ゼロだと思っていた。でも大きな大会で最高の選手に勝てることを証明できた。このまま良い状態を維持してパリに望みたい」。

周囲の高まる期待も、覚悟の上。長く若手に閉ざされていた扉をこじ開けた次世代の旗手が、ローマでの戴冠を経て、パリへと歩みを進めていく。

※テニス専門誌『Smash』のFacebookから転載。連日テニスの最新情報をお届けしています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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