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全豪ベスト4の穂積/加藤が優勝 栄光の後の葛藤を乗り越え二人でつかんだ復調の兆し

内田暁フリーランスライター
表彰式で優勝プレートを抱く穂積絵莉(左)と加藤未唯

5月7日に閉幕したカンガルーカップ国際女子オープン(岐阜)にて、穂積絵莉と加藤未唯がダブルスで優勝。全豪オープンでベスト4に入った二人にとって、久々の頂点だった。

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ボレーを叩きつけた瞬間にこぼれ落ちた涙は、この数ヶ月の間に抱え込んだ葛藤と切迫感が、心から溢れ出たようだった。

「マッチポイントで3本ミスした時はどうなるかと思ったので、最後決まった時はホッとして涙が出て来ました」

穂積絵莉は優勝スピーチでそう言うと、「加藤(未唯)選手には最後まで支えてもらい、本当に頼りがいのあるパートナーだなと思っています」と続け、安堵と照れの入り混じった笑みを浮かべた。

今年1月の全豪オープン・ダブルスで準決勝へと駆け上がった穂積と加藤の活躍は、「エリミユ」の愛称と共に記憶に新しいだろう。しかしそこからの二人は、シングルスとダブルスの両方で、思うような結果の出せない時期を過ごしていた。全豪オープンではシングルスでも予選を突破した穂積だが、その後はITF(WTAツアーの下部に相当する大会群)でも早期敗退が続く。シングルスでの不調はダブルスにも影を落としたろうか。2月から4月までの間に加藤と組んで3大会に出場したが、いずれも2回戦までに破れていた。

人は、成功体験の虜になる。

キャリア最高の勝利を得た快感や、会心のショットを決めた手のひらの感覚――それら過去の記憶が心を捕らえ、未来への足枷になるというのは、しばしば聞く話ではある。

穂積の場合、それは全豪オープンで彼女に初のグランドスラム本戦出場をもたらした、新たなプレースタイルだった。

19才で全日本選手権を制するなど若くして頭角を現した穂積の武器は、日本人としては恵まれた168cmの体躯から放つ、威力溢れたストローク。ベースラインからでも自ら攻めてポイントを取れる攻撃力が、彼女のテニスに一本の芯を通す。

しかし戦うレベルが高くなれば、それだけではいずれ壁に当たる。この2年間ほど停滞感に陥っていた穂積が、今年1月の全豪で試みたのは、あえて緩いボールを使い、相手のミスを誘発するテニスだった。

そのテニスでキャリア最高の結果を残した事実が、皮肉にも悩みと迷いへの呼び水となる。

「もともと守備的なテニスをするタイプではない中で、それで上手くいったイメージもあるし、でもそれでは勝てない現実もあり……そこで迷いがたくさんあって、ズルズルと時間が経ってしまった」。

ここ数ヶ月の迷走の訳を、彼女はつと省みる。

全豪時の試みや成功も、彼女が今日まで築いてきたテニスを、否定するものではかったはずだ。しかし“あの時”の幻影を追ううちに、手元にある武器すら見えなくなっていた。

「自分が、思いっきり良いショットを打てることを忘れていた。練習で久しぶりに打った時に、『あっ、わたしってこんなボールが打てたんだ……』と思い出して」。

全豪オープン後、8度の苦しい大会と敗戦を連ね、コーチたちと幾度も話し合いを重ねた後に、彼女は「自分からアグレッシブに打つテニス」という、いわば原点に立ち戻る。

「ベースはやはり自分から打つテニス。全豪の時のプレーはオプションの一つとして、攻めの中で球種や緩急をつけていこうと思いました」。

葛藤の末に見つけた答えと共に手にしたのが、今大会のダブルス優勝だった。

■環境の差に対戦相手や大会規模の変化の中で「崩れた」加藤■

全豪後に苦しい時を過ごしてきたのは、加藤未唯も同じだった。2月にはWTAツアーのマレーシア・オープンで予選を勝ちあがり、本戦で世界ランキング25位のカルラ・スアレスナバロをフルセットで撃破。キャリア最高の勝利を手にしたが、その後日本のITF大会に出始めた頃から、心身の歯車が狂い始める。

「湿度が変わるとボールの重さも変わり、プレーが崩れてしまった。試合中に足を痛めてしまったのもあり、自分の動きもフィーリングとかもなんか……全部がうまくいかないと思えてしまって、消極的なプレーになってしまったんです」。

その消極性や、「逆転負けが続いてかなり落ち込んだ」という心理面は、ダブルスにも波及する。

「簡単なミスも多くて噛み合わず。独断で動く時も『いつ(ボレーに)出たらええんやろ……』と思ってしまうくらい、じっと動かずにいて……」

ようやく復調の兆しが見え始めたのは、4月末。コーチに技術面の再指導を受け、ダブルスも穂積たちとこれまでの反省点を話し合ったうえで迎えたのが、今大会だった。

相手陣形を打ち崩すように放たれる穂積の豪快なストロークに、加藤が前衛で見せる猫のように俊敏かつアクロバティックな動き――二人を全豪ベスト4に導いた躍動感は、見る者を引き込む魅力を四方に放つ。コート上で交わされる笑顔と客席にまで響く会話も、思わず観客の頬を緩ませる。久々に見せる“らしい”ダブルスでトーナメントを勝ち上がった二人は、決勝戦も終始優勢に進めていた。

それでも緊張からだろうか、優勝を目前にして足踏みが続く。3度のマッチポイントを逃した後、最後は体ごとボールにぶつかるようにボレーを決めた時、穂積は目元を手で抑えた。

「マッチポイントを逃したことは特になんにも思ってなくて。そこまで(穂積が)落ち込んでいたとは知らなかったです」。

あっけらかんと笑う加藤は、涙にくれるパートナーの肩を、ポンポンと労うように優しく叩いた。

今大会のダブルスペアとしての自己採点は――?

優勝後に問われた二人は、「え~、どうだろ?」と少し考えた後、「一緒に言う?」というと、互いの答えを探るように視線を交わす。

「せーの………」

「70点!」「65点!」

不協和音を奏でる二人の声。「おや?」と訝しがるような穂積に、やっぱりな……と言いたげな悪戯っぽい笑みを浮かべて、加藤が言う。

「2秒前まで70って言おうと思ったけれど、そこまで良くないかなと思って5点減らしました」。

阿吽の呼吸の中にも光らせる、トリッキーな遊び心。

よい感触を身体に染み込ませ、優勝の翌日にはより高いステージを求めて二人は欧州へ旅立った。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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