Yahoo!ニュース

切らさぬ集中力と執念が最後の最後で結実! ビッグサーバー下し錦織圭が準々決勝へ(BNPパリバOP)

内田暁フリーランスライター
写真は3回戦のもの

BNPパリバオープン(米国インディアンウェルズ)4回戦

○錦織圭 16 76(2) 76(5) J・イズナー

常々「しっくりこない」と口にしてきた、インディアンウェルズの高く跳ねるコート。

対する相手は「僕にとって、ここはパーフェクトなコート」と、この土地でのプレーに絶対的な自信を見せる、ビッグサーバーのジョン・イズナー。

この対戦を“負けても仕方のない試合”とみなす要素は、錦織には十分にあったかもしれません。実際に、第1セットをわずか23分で失ったときは、イズナー有利の下馬評そのままの結果になることを、多くの観客が予感したことでしょう。

「メンタル的には、最悪でした」

相手のサービスゲームでは4ポイントしか奪えず、自らのサービスはファーストが42%しか入らぬままに終わった第1セット。しかもこの日のイズナーは、最も得意とするセンターへの時速250キロサービスに加え、ワイドやボディへのキックサービスを、絶妙な割合とタイミングで打ち分けてきます。

「リターンに関しては、ほぼチャンスが見えなかったです」

試合の流れ的にも、「最悪」と言える展開でした。

しかし絶望的な状況にもかかわらず、気持ちを切らすことも腐ることもなく、錦織は現実的な解決策を模索します。まず活路を見いだしたのが、自身のサービスゲームでのストローク戦。無理して強打で押し込むのではなく、スピンを掛けたフォアで丁寧にコースを狙うことを心がけると、イズナーの動きとショットの精度は、明らかに落ちていくようでした。「苦手」であったはずの高く弾むサーフェスが、使いよう次第で相手を苛立たせ、ミスを誘発する土壌となります。

「この攻め方で良いんだ……」

コート上で会得した「ゆっくり気味のプレー」に持ち込むことで、サービスゲームは、危なげなくキープできるようになりました。依然、相手サービスの攻略法は見つからないままではあるも、重要な局面で飛び出した相手のダブルフォールトもあり、タイブレークの末に第2セットを奪い返します。このセットでの錦織のファーストサービスの確率は76%。ポイント獲得率はファーストサービスで92%、セカンドサービスでも63%。これらはいずれもイズナーを上回る数字でした。

第3セットに入った頃から、シングルスで勝ち残っている唯一のアメリカ人選手を応援すべく観客が続々とつめかけて、8000人収容の“スタジアム2”の空席は、瞬く間に埋まっていきます。イズナーのサービスが乾いた破裂音を轟かせて錦織のコートに刺さるたび、あるいは電光掲示板に140マイルを超す数字が表示されるたび、一斉に沸き起こる大歓声……。

しかし錦織は、それら外野の動向を全く意に介さぬように、目の前の1ポイントに集中します。試合序盤ではベースラインの遥か後方に構えたリターンポジションは、試合が進むにつれ上がっていきました。時に長い助走を取り、身体ごとボールに飛び込み打ち返す必死のリターンも、例えポイントに直結せずとも、確実にイズナーへプレッシャーを与えたはず。音量を増していくイズナーへの声援は、地元の最後の希望の星が、徐々に追い詰められていることを観客が感じ始めた証だったかもしれません。

それでも、この試合で最初のマッチポイントを手にしたのはイズナーでした。第3セット、互いに相手にブレークチャンスを与えることなく到った第12ゲームで、錦織はフォアを、さらには余裕を持って打ったドロップショットをネットに掛け、30-40と追い詰められます。

その窮地で彼を救ったのは、今大会のテーマでもある「我慢」と「焦らないこと」、そして「集中力」。

「あのような状況で焦ってしまうことがここ何大会かあったので、なるべく落ち着いてプレーすることを心がけました」という自制心が、起死回生のフォアのウイナー2連発を生みだしました。

最大の危機を脱して迎えた、運命のタイブレーク――。ここでも繰り広げられたのは、錦織が先にミニブレークするも、すぐに追いつかれる痺れる精神戦。その抜きつ抜かれつの攻防から、相手サービスながら先にマッチポイントに到達したのは、錦織でした。

試合開始から2時間10分。試合を通じ「90%は外れていた」というリターンの読みが、最も欲しいこの場面で、ついにピタリと当たります。

センターに打ち込まれた時速138マイル(約222キロ)のサービスを、錦織のラケットは確実に捉え、鋭くイズナーの足元へと打ち返します。伸び上がるようにイズナーが返したボールを、フォアに回り込み、逆クロスに打ち込む錦織。再び窮屈そうに打ち返すイズナーのフォアは、大きくラインを割っていきました。

線審の「アウト」の声が上がるよりも早く、激しくガッツポーズを突き上げる錦織。同時に、イズナー一色かと思われた客席のそこかしこから、「イエス!」あるいは「よしっ!」と、勇敢で小柄な勝者を祝福する声が上がりました。

苦手意識と難敵を乗り越えて、初めて到ったインディアンウェルズの準々決勝。そこで相対するのは、第4シードのラファエル・ナダルです。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、テニスの最新情報を掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事