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アメリカンフットボールの選手兼オーナーに スポーツで自己表現を求めるベティ・スズキの新たな挑戦

内田暁フリーランスライター

アスリートのセカンドキャリアには、どのような選択肢がありえるだろうか――?

指導者や解説者、あるいはスカウトやマネージャーなどとして、選手時代とは多少角度を変えながらも、同競技に関わり続ける者は多いだろう。

昨年末、それら多くの選択肢を統合するかのような役職に就くという、一つの決断を下したアスリートが居る。もっとも彼女の場合は“セカンド”キャリアではなく、現役選手との二足のわらじを履きながらではあるが……。

そのアスリートの名前は、鈴木弘子。しかしアメフト界では、誰もが彼女を「betty(ベティ)」のニックネームで認識している。(ちなみに名前の由来は、アニメキャラクターのベティ・ブープに似ているからなのだとか…)

居住地:10年以上前から南カリフォルニア。だが元々は、生まれも育ちも東京の下町という生粋の江戸っ子。

年齢:51歳。

職業:女子プロアメリカンフットボールプレーヤー/オーナー。

彼女は南カリフォルニアを拠点とする、女子アメフトチーム“パシフィック・ウォリアーズ”の中心選手。そしてその肩書に、昨年末から新たに「オーナー」が加わった。

夢を叶えた瞬間から始まった、新たな気付きと更なる挑戦

「選手を辞めた後は、何をしようか……」

それはここ何年か、鈴木がずっと考えてきたことであるという。高校時代からシンクロナイズドスイミングで活躍し、短大卒業後は東京でスポーツインストラクターを務めていた鈴木が、友人に誘われ「お稽古感覚」でアメフトを始めたのが30歳の時。それが今も続く長い長い付き合いとなったのは、激しく身体をぶつけ合うというスポーツの原初的な魅力を持ちながらも、緻密な戦略性こそが勝敗を決するこの競技の深みと無限の広がりに、出会った瞬間から魅了されたからだった。

チームが有機的に機能し、自身の肉体も脳から発信される指令に寸分たがわず従う。そうして、頭で思い描いた通りのプレーが楕円のボールで緑色のフィールドに描かれた時、彼女は何にも代えがたい快感を覚えるという。その陶酔を、そしてさらなる歓喜と達成感を追い求めて、何の伝手も保障もなく単身アメリカに渡ったのが約15年前。以来、彼女は一貫して、自らを「女子プロアメリカンフットボールプレーヤー」と規定してきた。

異国での慣れない生活にも根を上げることなく、渡米から10年経ち45歳を過ぎてもなお現役にこだわり複数のチームを渡り歩いてきたのは、“全米チャンピオン”に拘ったからだ。全米女王を決するチャンピオンシップ決勝には勝ち進むも、一歩届かず悔し涙を飲むこと2回。肉薄するごとに熱を帯びるその執念が、ついに天に届いたのは2012年のこと。強豪サンディエゴ・サージの主軸として活躍し、チャンピオンの証であるリングも指にはめた。

だが同時に、悲願達成の後に胸に差し込んだのは、完全燃焼による虚脱感とも異なる、ある種の冷めた感情……。

強豪であるサージは選手層が厚く、プレーヤー個々の動きやチームプレーも統制されていた。基本に忠実で堅実な組織――それがサージをチャンピオンせしめた要因だ。しかしその集団の一員として戦うことで、鈴木は「選手は、あくまでコマでしかないんだ……」と痛感することにもなる。それは、想い描く理想のプレーの具現化を最大のモチベーションとしてきた彼女にとって、どこか「つまらない」結末だった。

全米最強のチームから一転、激戦区の南カリフォルニアでは弱小の部類に属するパシフィック・ウォリアーズに移籍したのは、コマではなく「自分のために、自分のやりたいようにプレーしよう」と決意したから。しかし、時に仲間のつたないプレーや戦術選択を目の当たりにすると、つい口を出さずにいられない。結果、コーチ業も兼任しながら複数のポジションをこなすうちに、「ベティが中心になってくれれば、チームはもっと機能する」と選手の信頼を集めることになる。経営者から「来季は、運営のお手伝いもして欲しい」と打診され、選手たちからは「ベティがオーナーになってくれないなら、自分たちは移籍するか新しいチームを作る」と迫られたのが、昨年のシーズン終了後。そんな周囲の半ば強要に近い要望に戸惑いながらも、鈴木はどこかで、「最終的には、受け入れるだろうな」とも予感していた。鈴木がここまで歩んできた道は、他者の目には激動の人生に映るが、本人は常に「良いタイミングで訪れる流れに乗ってきただけ」と認識しているという。全米チャンピオンの栄光と、それに伴うある種の諦念は寒暖入り混じりながら大きな流れを生み、“オーナー”という新たな岸へと、彼女を運んでいったのだろう。

チームの向かう先、オーナーに求められる資質

「流れ」に乗ってきたとは言え、引き受けたからには、進路は勢い任せではない。

アメリカの文化や、歴史的背景に伴う民族性や傾向――アメリカでの生活が長いとはいえ、それらを知悉するのは、やはり異国の人間には難しい。だからこそ選手とのパイプ役として、チームメイトのアシュリー・ハイズを共同オーナーに指名した。

女子アメフト選手はプロとはいえ、それだけで生計を立てることは難しく、他の職業と兼任している人が多い。アシュリーも日頃は、地理・地質調査機関につとめる分析員だ。そのような職業上の適正もあるからだろうか、彼女はチームに「物事を潤滑に進めるための体系的構造」をもたらすつもりだという。

「皆が勝利という目的と意識を共有できる、一枚岩のユニット」――それがアシュリーが目指すものであり、そのためにも「選手としての経験やフットボールへの深い理解と情熱、そして物事を効率的に進める手腕」を持つ鈴木は「オーナーに最適な人物」なのだと彼女は感じている。

そしてもう一つ、チームの成功のために欠かせないのが、「金銭面」であるともアシュリーは言った。年間600万~1000万円にのぼる運営資金を確保するため、資金集めのイベントを開催したりスポンサーの調達することも、経営陣の腕の見せどころ。その意味でも鈴木は、今年初頭に「チームのヘルメットにJAPANのステッカーを張ろう」という目標を設定してクラウドファンディングを企画し、見事達成もしている。

今回のオーナー就任は、鈴木にとっても初めての挑戦。まだまだ未知の要素は多いが、それでも新たな岸から見える景色に、彼女は心を高鳴らせている。

パシフィック・ウォリアーズの開幕戦は、1カ月後の4月9日に迫っている。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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