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全豪OP決勝:28歳ケルバー、「浮き沈み」を乗り越えグランドスラムの頂点へ

内田暁フリーランスライター
トロフィーを抱えるケルバー(右)と、満面の笑みで勝者を称えるS・ウィリアムズ

○A・ケルバー 64,36,64 S・ウィリアムズ

「なんて言ったらいいか分からない! なんてクレージーな2週間だったのかしら? だって私は、初戦でマッチポイントを握られていて、とっくにドイツに帰る飛行機の中だったかもしれないんだもの」

女王セレナ・ウィリアムズを破り銀色のトロフィーを手にしたアンジェリーク・ケルバーは、感激で声をつまらせながらそう言って、15000人の観客の笑いを誘いました。

28歳にして初めてつかんだ、グランドスラム優勝の栄光。「キャリアの中で、多くの浮き沈みを経験してきた」という世界7位は、人生最高の瞬間を迎えました。

「浮き沈み」の多いキャリアを送ってきたというケルバーですが、初の決勝の舞台に立った彼女のプレーは安定感に満ち、乱れの気配は全くありません。カウンターを得意とする彼女が自ら広角にストロークを打ち分け、第1セットの第3ゲームでいきなりのブレーク。対するセレナは相手のスタートダッシュに面食らったか、今大会の安定感が嘘のようにミスが目立ち始めます。「最初の5ゲームは、10分くらいにしか感じなかった」というほどに集中していたケルバーが第1セットを支配。6-4で奪取します。

第2セットに入るとセレナのプレーは安定し始め、よりネットに出ていく姿が目立つようになります。ケルバーも怯むことなく立ち向かいますが、第4ゲームで2つのダブルフォールトを犯したことが致命傷になりました。第2セットは、数少ないブレークの機を物にしたセレナの手に。第1セットに23を数えたセレナのアンフォーストエラーも、このセットでは5に激減していました。

プレーの質を大きく上げ、追い上げてくる女王の圧力にもしかし、ケルバーは屈しません。左右に振られても追いつき、最後は手首だけを返すようにしてカウンターをねじ込む。あるいは、どんなに深いショットにもベースラインから下がることなく、膝を地面につけながら打ち返す。緊迫の場面で放つドロップショットも、悉くネットをかすめセレナのコートに沈みます。 

互いに2つずつブレークし、もつれにもつれたセット終盤……セレナのボレーがラインを割ると同時に、ケルバーはベースライン上に大の字になりました。

祝福ムードと笑顔で満たされた優勝者会見では、多岐に渡る質問に混じって、彼女のキャリアの分岐点となった2011年全米オープンにも話題が及びます。

「2011年の全米の準々決勝であなたはペンネッタ(イタリアの当時のトップ選手)を破った。そのペンネッタが去年全米OPで優勝したことが、大きな自信になったのか?」

その質問をしたのがイタリアの名物記者であることに気付いたケルバーは、「いっつもあなた、ペンネッタのこと聞くのね?」と笑顔で返した後に、「もちろんよ! 彼女は全米で優勝した。私は彼女に勝った。だから私も優勝できると思った!」と断じて、記者たちの笑いを誘いました。

イタリア人記者は、身内の選手を引き合いに出してケルバーに優勝の理由を語らせたがった訳ですが、日本人としては、ケルバーの優勝を見てどうしても思わずにはいられないことがあります。

「土居美咲選手は初戦で、このケルバー相手にマッチポイントを握っていたんだよな~」と。 

思わずケルバーに「初戦でマッチポイントを凌いだことが、プレッシャーを取り除き、その後の良いプレーにつながったと感じない?」と聞いてみると、こちらが日本人であることを察したか否か、彼女はこう答えました。

「もちろん。あの勝利のお陰で失う物はないと思ったし、セカンドチャンスを得たと感じたからこそ、その後思い切りプレーできて優勝までたどり着けた」

嘘か本当か、ペンネッタの優勝を見て「私も」と思ったというケルバー。そんな彼女の栄光の瞬間を見て、土居選手も「私も!」と思っていないだろうかなどとふと思った、高質で清々しい決勝戦の夜でした。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、大会レポートを掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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