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全豪OP4回戦:錦織圭、勝敗を決する“鍵”を手にしてツォンガに雪辱。ベスト8への扉を開く

内田暁フリーランスライター
ツォンガ戦で、フォアハンドの強打を豪快に打ち込む錦織圭

40-15の場面でツォンガがセンターに叩き込んだ214キロのサービスは、錦織のリターンを弾いて、大きくラインを割って行く……。

ビッグサーバーのツォンガが、エースも含む4本のサービスを決め、簡単にキープしたかに見えた第1セットの第1ゲーム――しかし、この約2分間のオープニングゲームには、その後の試合展開を占う数々の要素が凝縮されていました。

試合最初のポイントは、破裂音を轟かせセンターに刺さる、時速214キロのエース。改めて言うまでもなく、サービスはツォンガの大きな武器であり、それをどう攻略するかが鍵になるだろうことは明らかでした。

次のポイントは、190キロのセカンドサービスによるウイナー。錦織のリターンを警戒するツォンガの、セカンドサービスからでもリスク覚悟で攻める決意が、この一打に込められていました。 

続くポイントは、143キロのセカンドサービスにタイミングを外され、錦織のリターンが浮きます。これで、40-0。 

しかし次のポイントでは、センターに来た186キロのサービスをしっかり返した錦織が、12本に及ぶ高質なラリー交換の末に、美しい弧を描くフォアをコーナーギリギリに打ちこんで鮮やかなウイナー。少しでもツォンガのサービスが甘くなれば錦織がリターンできること、そして、ひとたび打ち合いに持ち込めば錦織に分があることを、このポイントは物語っていました。

■IBMがはじき出す、選手それぞれの“勝利への鍵”■

全豪オープンで試合のスタッツ解析等を担うIBMは、過去の対戦成績や選手個々の戦績に基づいて、各試合ごとに“勝利への鍵”となるデータをあげています。例えば今回の対戦では、錦織にとっての“鍵”は以下の3点。

1)相手のファーストサービスで、32%以上の確率でポイントを奪う

2)相手のセカンドサービスで、59%以上の確率でポイントを奪う

3)48%以上の確率で、ミディアムラリー(4~9本のラリー)を制する

対するツォンガの“鍵”は、

1)52%以上の確率でミディアムラリーを制する

2)相手のファーストサービスで31%以上の確率でポイントを奪う

3)自分のファーストサービスで64%以上の確率でポイントを奪う

の3つとなっていました。

つまり試合は、これら3つの鍵をいかに手にしつつ相手には与えないかの勝負であり、最初のゲームこそが、そのことを象徴する内容だったと言えるでしょう。

それらの鍵を先につかみ、勝利への扉を開いたのは錦織でした。

第1セットの第3ゲーム。ツォンガにサービスで先行されるも、錦織は相手のセカンドサービスを返してラリーに持ち込むと、フォアで先に展開し3ポイント連続で奪います。特に15-30からの打ち合いでは、フォアの逆クロスとバックのクロスで、徹底してツォンガのバックを狙い打ち。相手をバックサイドに釘付けにした後、ストレートへのスライスを1本まぜて逆サイドに振ると、再びバックサイドを強烈なフォアで打ちぬく――18本のラリーの末に決めたこのウイナーは、錦織の好調さと、ツォンガ攻略法の完遂をも印象付けます。劣勢に回ったツォンガが最後は2本連続でダブルフォールトを犯し、錦織がゲームブレーク。これも錦織がリターンで掛けたプレッシャー、そして、セカンドサービスでも攻めなくては勝機がないことを、ツォンガが悟っていたがゆえの帰結でしょう。

第1セットを5-1とリードしてからは、錦織は様子を伺うかのようにツォンガのフォアにもボールを打ちこんでいきますが、結果として相手に3ゲーム連取を許します。そこで本来の作戦に徹するかのように、以降はバックにボールを集めて5-4からゲームキープ。第1セットを40分で奪いました。

結果的には、この第1セットが試合全体の流れを決し、錦織を迷いなく自分のプレーに向かわせたでしょう。第2セットでも第3ゲームでブレークに成功した錦織は、ストロークを深く打ち込み、ネットプレーも織り交ぜる余裕を見せて6-2で奪取。相手サービスに対する読みもよく、リターンからでもラリー戦を支配できるようになります。

第3セットでは第1ゲームをブレークすると、以降は常時190キロ台を計測するサービスを軸に、錦織が着実にゲームキープ。終わってみれば、2セット以降は一度もブレークを許すことなく、錦織が2時間2分で会心の勝利を手にしました。

昨年の全仏オープンで敗れた相手に、今回は反撃の隙もあたえぬ快勝――その事実をコーチのダンテ・ボッティーニは「やるべきことを、しっかりやった結果」だと、さほど喜びも驚きも示さずに語ります。

「ツォンガ相手にやるべきことは、いつも変わらない。バックを狙うこと。我慢強くチャンスを待つこと。そしてツォンガのサービスは片サイドからはセンター、もう片側からはワイドに来ることが多いので、それに対応すること……前回の対戦では圭はそれを貫けなかったが、今回は最後までやりとげた」。

そのコーチの言葉を裏付けるように、試合後の錦織も「作戦が上手くいった」と納得顔。「とても我慢強く戦い、チャンスの時はネットに出たりフォアで攻めたりと、機を見て攻撃的に行けた」と振り返りました。

IBMがあげた“試合の鍵”は、相手のセカンドサービスを64%の高確率でポイントにつなげるなど、錦織が3つのノルマ全てを達成。

同時にツォンガには、ひとつも鍵を手渡すことはありませんでした。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、大会レポートや最新情報を掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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