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BNPパリバオープンレポート:難敵から奪った初勝利に見る、錦織圭の成長の足跡

内田暁フリーランスライター

■○錦織圭 6-7,6-1,6-4 F・ベルダスコ■

「今日の勝利は、素直に嬉しいですね」

トーナメントのベスト16はもはや珍しくなく、日ごろはランキングや目先の結果にも「良い意味でそこまで嬉しくない」と平常心を見せる錦織。もちろん今大会はマスターズ1000であり、ここは苦手とする大会だという付加価値はあります。それでも錦織の現在の調子と実績を鑑みたとき、この冒頭の一言は、少々意外ですらありました。それほどまでに、過去にフェルナンド・ベルダスコに喫した2つの敗戦(2011年全豪3回戦、12年バルセロナ準々決勝)は、錦織に大きな敗北感を植え付けていたのでしょう。

今大会での2回戦勝利後、錦織はベルダスコ戦に向け「サービスとフォアハンド」の二点を注意すべきポイントとして挙げました。「ここ(インディアンウェルズ)の跳ねるサーフェスは、相手に合っているのでは」と警戒心を深める様子も見せています。錦織が過去に敗れた2試合も、いずれも跳ねるサーフェスでの対戦。嫌な記憶が、脳裏をよぎったかもしれません。

果たして今回の対決でも、錦織は非常に嫌な形で第1セットを落とします。第7ゲームで手にした絶好のブレークの機は、打ち急いだようにバックのストロークをネットに掛けて逃しました。

タイブレークではダイナミックなボレーを決めて5-3とリードするも、続く打ち合いではフォアが長くなり追撃を許します。最後は、ベルダスコが最も得意とするフォアの逆クロスを叩きこまれセットオーバー。

「なかなかリターンゲームに光が見えなかったので、タイブレークをとってリターンゲームに臨みたかった……」

見えかけた光は、急速に遠のいたかに思われました。

しかし落胆しながらも、錦織の頭脳は素早く第1セットの反省点を分析し、的確に対策をはじき出します。

「リターンで下がったりして、消極的だった。中に踏み込み打つようにしよう」

そして第2セット早々に、世界5位の25歳は、思い描いた攻略法を実行に移します。第2ゲームで錦織が前に踏み込み圧力を掛けていくと、ベルダスコのフォアは悉くラインを割っていきました。この試合初のブレークに成功し、続くゲームを3度のデュースの末にキープするとベルダスコは突如失速。第2セットを錦織が6-1で奪い去ります。

第3セットは「どちらにでも転ぶ可能性があった」と錦織は言います。だからこそ最初のゲームが重要であることを肝に銘じ、「集中して」入っていました。相手の高く跳ねるサービスを叩きつけるように打ち返し、リターンからラリーを支配する錦織。圧巻はデュースから決めた、バック、そしてフォアの2連続ウイナー。いきなりのブレークで精神的にも優位に立った錦織は、以降はサービスゲームを快調にキープします。最終ゲームでは2連続ダブルフォールトでヒヤリとする場面もありましたが、最後はフォアを豪快に叩きこみ、3度目の正直となる勝利を手にしました。

2011年の全豪で対戦したとき、錦織はベルダスコのロブ気味のスピンとフラット気味の強打のいずれにも適応できず、「完敗。何も出来ずに終わった感がある」と失意を隠しませんでした。

それから4年。

第1セットでは「どこに弾むか分からない」サービスにも苦しみましたが、第2セット以降は、相手のショットや環境に適応していく柔軟性や懐の深さと、手持ちのカードの豊かさ――つまりは揺るぎない実力を存分に発揮し、勝利をつかみとったのです。

「数年前には、まだまだ勝てない選手だなと感じた。その相手に自分が成長して勝って行くというのは、凄く楽しいチャレンジ」

4回戦進出は、これまで苦手としていたインディアンウェルズでは初のこと。

でも今日の勝利が「素直に嬉しい」のは、単なる数字や記録ではなく、なぜ、どのようにしてここに辿りついたのか……その足跡にこそあるのでしょう。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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