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“世界一小さなトッププレーヤー”奈良くるみが、4年前よりさらに小柄になったワケ

内田暁フリーランスライター
写真は今年3月のソニー・オープンのもの。

■“聖地”で手にした4年ぶりの勝利。その間に変わったものとは…?■

ウィンブルドンでの初勝利は、まだ18歳だった2010年に手にしていた。今年6月23日に開幕したウィンブルドン初戦でつかんだ白星は、実にその時以来のものだ。

2つの勝利に横たわる4年の歳月の間に、奈良くるみにまつわる様々なことが変わっていた。4年前のランキングは149位だったが、今は世界の40位。前回は予選からの勝ち上がりだったが、今回は堂々の本選出場である。

そしてもう一つ、4年前に勝利した時の身長は158センチだったが、今回は、155センチである……。

これは、誤植ではない。もちろん、彼女の身長が縮んだ訳でもない。あくまで紙の上の、“自己申告”のプロフィールの話である。

「身長は?」

そう聞かれると、いたずらを見つけられた子供のような笑みを浮かべ、相手の反応をうかがうように「158センチ……です」と答えるのが、彼女の常だった。「本当は、もっと小さいだろう…」と思いつつも、そこに突っ込むのは無粋というもの。「小柄に見えるんですね」と応じるのが、大人のたしなみである。そんな訳で彼女の身長は、長く158センチが公式となっていた。

188cmのシャラポワとの身長差。同じ場所から撮影した写真を比べればその差は顕著
188cmのシャラポワとの身長差。同じ場所から撮影した写真を比べればその差は顕著

158センチが、多少の“下駄をはかせた”末の数字だとしても、それは昨今の女子テニス選手の標準から言えば、それこそ桁外れに小柄な部類だ。現在のトップ10ランカーには、188センチのマリア・シャラポワ(個人的には、彼女は低めに自己申告していると感じている)を筆頭に、180センチ台が3人顔をそろえる。10選手の平均身長は175.2センチ。対象範囲をトップ100まで広げてみても、160センチを割るのは、157センチで58位のローレン・デイビス(アメリカ国籍で、祖父は日本人)と、95位で159センチの土居美咲くらいなものだ。テニスは必ずしも長身が名選手の条件ではないが、ある程度の高さがアドバンテージになるのは間違いない。

■2.5センチの“サバよみ”に込められていた想い■

奈良が、正直に身長を白状したのは、今年4月のことである。コーチの原田夏希氏のアドバイスもあり、プレイヤーズガイドのプロフィール更新時期に合わせて、本来の155.5センチで申告したのだ。

「特に意味のないサバをよんでいたので、本当の数字にさせたんです。小さくてもやれるというのを示す意味もあるし、“トップ100で最も小さな選手”である事実は、ちゃんと言っておく意味があると思います」

助言した理由を、原田コーチはそのように説明する。

原田コーチには「特に意味がない」と言われてしまった“サバよみ”だが、奈良には奈良なりの、ささやかな理由があった。

「小さい頃から、トップ選手は、身長を高めに申告するものだと思っていたので…」

小柄な身体に詰め込んだ、トップ選手たちへの憧憬の念。幼少期に抱いた、いつかは自分も世界の大舞台で活躍する選手になりたい――という無垢なる向上心と憧れこそが、2.5センチの小さなウソの正体だ。

実際に彼女は、一足先に活躍する大柄な同期の海外選手を見ては、無い物ねだりと知りながらも「私も、あんなカッコいいフォアが打ちたい」とつま先立ち、自分の持ち味を消してしまったこともあった。そんな彼女が、今は「私に出来ることは限られているし、自分の武器をみがいていけば、ここまで来られることも証明できた」と胸を張る。今回のウィンブルドンにしても、数週間前までは「芝のコートでは、攻めなくては」との先入観にとらわれ、無理に攻めてはミスが増えて勝利から遠ざかったていた。そこで「どんなコートでも、自分のテニスをするだけ」と頭を切り替えて、「足と頭を使った私のテニス」でつかんだ勝利である。

そうして進んだ2回戦で待つ相手は、身長185センチの、ビーナス・ウィリアムズ。時速200キロ越えのサーブと長身から叩きこむストロークで一時代を築き、女子テニスの在り様を変えた“パワーテニスの旗手”である。

身長差30センチ、と聞くとこちらは肝をつぶすが、彼女にしてみれば、自分より遥かに大きい相手との対戦は日常の一部。「今は凄く良い調子で来ているので、次も良い試合がしたいなという感じです」と、特別な気負いはない。

“世界で最も小さなトッププレーヤー”が、テニスの聖地と呼ばれる伝統の青芝の上で、ウィンブルドン5度の栄冠を誇る元女王相手に、いかなる戦いを演じるのか…? その結果がどのような物だとしても、そこには、スケールの大きなドラマがある。

ちなみに、158という数字を選んだことにも、実はちゃんと意味があった。

「お父さんと話しながら、“8”が縁起が良い数字だということで、決めたんです」

末広がりに活躍したい……というその願いどおり、彼女は歳月をかけて実力つけ、ここまで来た。

ならば、155.5センチとして歩むこの先の道は、語呂よく「ゴー、ゴー、ゴー!」といったところか。 

これも、勢いがあっていい。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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