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健康寿命の留意:幾つもの定義が氾濫する健康寿命、果たして健康寿命の延長は医療費抑制に繋がるのだろうか

足立泰美甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 高まる社会保障に関する費用、なかでも、医療および介護の費用の増加は著しい。だが誰しもが齢を重ねていく。そして医療や介護などのサービスを用いず、健康で毎日を過ごしたい。その思いは切なる願いであろう。故に、追い求めるのが健康寿命の延伸。しかしながら果たして健康寿命の延伸が、医療費の抑制に繋がるかは、慎重な姿勢が求められる。健康寿命、その言葉自体は、今後の社会保障に関わる政策を考えるにあたって、重要な方向性であろう。このとき問われるのは、健康寿命の定義とその解釈である。

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出典:厚生労働省「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会」より抜粋

 たとえば厚生労働省の出している健康寿命を考えてみたい。(出典:厚生労働省「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会(平成30年3月9日)」(2018年10月29日閲覧日))ここで留意したいのは、健康寿命の値が主観的健康観によって導出されている点にある。実際に導出される指標には、「日常生活に制限のない期間の平均」「日常生活動作が自立している期間の平均」「自分が健康であると自覚している期間の平均」がある。しかも対象年齢は、「日常生活動作が自立している期間の平均」とは若年層でもなく、中年層でもなく、65歳を基準としている。

 これらの指標の算出で用いられるデータが、医療費のデータでもなく、介護費のデータでもなく、国民生活基礎調査のアンケート調査であることに注目する必要がある。採用している質問は、「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」を問いている。「ない」と回答したデータを日常生活に制限なしと定める。このデータが健康寿命算出の要となる。その後は、人口等のデータを掛け合わせて都道府県および市町村の健康寿命としている。計算の流れとして、上記の質問票の回答から、性・年齢階級別の日常生活に制限のない者の割合が得られるとし、生命表の定常人口を乗じることで、日常生活に制限のない定常人口が算出される。最後に年齢階級の合計を生命表の生存数で除すれば、「日常生活に制限のない期間の平均」が出てくる。

 これは、「自分が健康であると自覚している期間の平均」の算出でも同様である。国民生活基礎調査の質問票にある「あなたの現在の健康状態はいかがですか」が重要な要となるデータである。その回答には、「よい」、「まあよい」または「ふつう」という選択肢があり、自分で健康であると自覚しているか否かが健康寿命の基準としてみなされる。その割合を用いて、「日常生活に制限のない期間の平均」と同様の方法で「自分で健康であると自覚している期間の平均」を算出している。このような記載は、全て丁寧にHPで説明されている。

 健康寿命を一つとっても、言葉が先行した場合に、時として様々なリスクを伴う。単にデータを使用しているというだけで、全ての事象が担保されるとは限らない。我々がデータを使用する際に、そして、我々がデータを解釈する際に、そこに多大な留意が必要とされる。健康寿命の算出には一切の医療費に関するデータが使用されていない。「自分が日常生活に制限がないと感じているか否か。」もしくは「健康であると感じているかどうか。」それが、健康寿命の考え方である。故に、健康寿命をもって医療費の抑制という結論を導き出すには、注意が必要であろう。もし、医療費に繋げていくのであれば、そこには、更なる展開と検証が求れるであろう。

甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」

専門:財政学「共創」を目指しサービスという受益の裏にある財政負担. それをどう捉えるのか. 現場に赴き, 公的個票データを用い実証的に検証していく【略歴】大阪大学 博士「医学」博士「国際公共政策」内閣府「政府税制調査会」国土交通省「都道府県構想策定マニュアル検討委員会」総務省「公営企業の経営健全化等に関す​る調査研究会」大阪府「高齢者保健福祉計画推進審議会」委員を多数歴任【著書】『保健・医療・介護における財源と給付の経済学』『税と社会保障負担の経済分析』『雇用と結婚・出産・子育て支援 の経済学』『Tax and Social Security Policy Analysis in Japan』

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