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本当に飛行機に乗らないといけないの?音楽家が抱く罪悪感と環境問題 ノルウェー音楽祭での議論

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
大気汚染を考えて、飛行機ではない移動手段を選んだことはあるか?(写真:アフロ)

「気候変動・地球温暖化の悪化に、自分も加担している」と、「罪悪感」を抱いたことはあるだろうか?

ノルウェーで頻繁に議論されているテーマが、「飛行機に乗る」=「あなたは排気ガスを増加させている」だ。

ノルウェー人はスウェーデン人の4倍、飛行機に乗る

ノルウェーのファクトチェック団体や環境保護団体が、欧州連合統計局の調査をもとにしたデータによると、

  • ノルウェーでは年にひとりあたり3回、国内移動で飛行機を使用。スウェーデン人は0.8回ほど
  • ノルウェー人はスウェーデン人よりも、およそ4倍、国内移動で飛行機に乗っている
  • ノルウェー環境局によると、ノルウェー国内で発生する排ガスの30%が交通機関から

環境・気候変動議論が大好きなノルウェーの人々だが、飛行機の話となると、感情的になる人が多くなる。

電車よりも飛行機が便利な国

縦に長い地形でなりたつノルウェーは、国内移動での手段が飛行機。日本とは異なり、新幹線はなく、電車よりも、飛行機で移動しやすいシステムができあがってしまっている。

首都オスロから遠く離れた北極圏や、人口が少ない地方に行くなら、電車よりも飛行機のほうがチケット料金も安くて、移動時間が圧倒的に短い。

「環境のために何かしたい……」と思っている人に罪悪感を抱かせるのが、ノルウェーでは「石油・天然ガス産業」、そして「飛行機」がそのひとつともいえる。

「理想を言うのは簡単だが……」

「飛行機を乗るのを減らそう」と言い出すと、

  • 「綺麗事ばかり言っているんじゃない」
  • 「私だってエコな生活をしたいが、遠く離れた場所からオスロまで移動するのに、電車は非現実的だ」
  • 「首都に暮らしている人間が、地方の生活も知らずに、理想ばかり言うんじゃない」

バッシングが次々と飛んでくる。

普段はエコな発言をしている人たちでさえも、仕事で国際会議などがあれば、どうしても飛行機を使わざるを得なくなる。

その度に、「普段は飛行機にあまり乗らないようにと偉そうに言っている人が、飛行機に乗った」と、さんざん叩かれる。

音楽が仕事の人にとって、飛行機は頻繁に使う移動手段だ。

国内外のコンサートを、時間と体力を節約しながら行き来するなら、飛行機。楽器の運搬、複数の仲間たちとの移動があると、国内を電車で移動というのは大変だ。

フェスで話し合われた、これからの音楽界

3月にオスロで開催された音楽祭by:Larm「ビーラルム」では、コンサートのほかに、業界向けのカンファレンスも開かれた。

注目の北欧アーティストが集まるby:Larm Photo: Asaki Abumi
注目の北欧アーティストが集まるby:Larm Photo: Asaki Abumi

「デジタル化する音楽ビジネス」などの旬の話題が集まる中、「あなたは、本当に、その飛行機に乗らないといけないの?」というトークショーがあった。

現地では、最近、音楽業界は「実は排ガスを大量に出す爆弾だ」というような議論が話題となっている(モルゲンブラーデ紙2月のフェスを問題視する記事は、業界をざわつかせた)。

それでもフェスはどんどんグリーン化していると私は感じるのだが、「音楽人はもっと責任を持とう」という傾向がある。

ノルウェーでは、アーティストたちが支持する政党を公に表明したり、社会議論に参加する人が多めだ。

ノルウェーのアーティスト、マルテ・ルフは、『世界は広い』というノルウェー語の歌詞の曲で、気候変動問題を歌っている(『Verden er stor』, Marte Wulff)。

「話すのを避けるのは間違っている」

ルフ氏は、「話しにくいテーマだとは分かっていますが、だからといって、話すのを避けるのは、間違っている」と話す。

左から、文化局オテルホルム氏、ルフ氏、ホルスタド氏 Photo: Asaki Abumi
左から、文化局オテルホルム氏、ルフ氏、ホルスタド氏 Photo: Asaki Abumi

国内のコンサートやイベントに招待されたときは、飛行機にできるだけ乗らないようにしており、石油プラットフォームで歌ってほしいという要請には、「NO」と断ったという。

ルフ氏に反対する立場にいたのは、北部トロムソ出身のジャーナリスト、ホルスタド氏。「北部には電車のインフラが整っていない。あなたの主張は面白いが、ヒッピーなオスロ的な視点だ」。

「アーティストが飛行機に乗るのを邪魔しても、解決しない。政治レベルで動いてくれないと」と猛反発。

「私たちは問題にも、解決策にもなれる」

「じゃあ、〇〇はどうなんだという、『What aboutイズム』で、あなたのようにイライラしても仕方ない」。

「私たちは問題の一部であり、解決策の一部にもなることができる。今までとは違う考え方をしてみましょうと、私は提案しているのです」とルフ氏は言い返した。

文化局のオテルホルム氏は、「電車で移動となると、どうしてもアーティスト個人に金銭的な負担がかかってしまう。そのジレンマを解消するには、政府からの補助金が必要」と間に入り、音楽界がもっとサステイナブルでいられるように、政府に要請書を出すと話した。

他には、なにができるだろう?

会場からもたくさんの声があがる。

  • 「飛行機と環境を越えて、もっと広い観点で話し合えないのか」
  • 「気候のために飛行機を問題視する声を、ヒステリーだと言わないでほしい」
  • 「歌手だけではなく、コンサートの主催者側にも動いてもらわないと」
  • 「コンサート会場で、プラスチックのコップやタオルって、いらないよね」
  • 「歌手には、電気自動車EVで会場を移動してもらおう」
  • 「色々できそうなことがあると考えると、わくわくするね!」
  • 「どうしたら、観客にもっと政治的にアクティブになってもらえるだろうか?」

「ジレンマはあるけれど、これまで当たり前だった音楽界のライフスタイルを、少しずつ変えていけたらいいね」。

そういう空気が会場では漂っていた。

Photo: Asaki Abumi
Photo: Asaki Abumi

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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