Yahoo!ニュース

ノルウェー国会、ニカブ着用全面禁止まで遠からず?すでに数年前から一部学校で導入、左翼陣営も検討

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェー国会 Photo:Asaki Abumi

学校でのニカブ着用全面禁止が国会で可決される日は、ノルウェーではそう遠くはないかもしれない。

イスラム教徒の女性が目だけを出して顔を覆う「ニカブ」。ニカブ着用を国内全土の学校で禁止する法案について、右翼も左翼も乗り気だが、政治的な対立がその合意を阻止しているだけなのだ。

現在の与党連立政権は、首相が率いる「保守党」と、右翼ポピュリスト政党に位置づけされる「進歩党」の2党(加えて、小政党である「キリスト教民主党」と「自由党」の2党と、合意体制を組む)。右翼政権と対立位置にある党は、保守党のライバルである、最大政党の労働党(ノルウェーの政権を長く維持してきた)と、その他の小政党たちだ。

通常であれば、イスラム教徒、移民、難民などに対する「厳しい」とされる法案は、右翼政党側から提示されることが多い。特に、進歩党のリストハウグ移民・社会統合大臣は、欧米メディアでは「ドナルド・トランプの欧州版」としても紹介されやすい。

顔を覆い隠す衣服の着用には、左派も以前から懐疑的

ノルウェー政治のぼんやりとしたイメージでは、「ニカブ着用禁止は、進歩党の提案だろう」と考える人も多いかもしれない。だが、実は、労働党を筆頭に、他の左翼政党も禁止する方向で以前から話している。

各党が禁止を主張する理由は、異なる宗教の否定や、イスラム教への懐疑心ではない。「顔」という、コミュニケーションに大事な部分を隠すことで、他者との交流を阻み、社会統合の妨げになっているという考えのほうが強い。一部の教育現場では、高等教育機関も含め、すでに学科によって着用禁止の校則を導入している。

専門大学などでは、研修も多い。医療機関や、子ども・老人などが多い施設が研修先となる学校では、顔を隠した研修生が、患者を驚かせ、恐怖心を与えることもあり、学生が社会に溶け込めない原因となっているとされる。衣服の衛生面での問題も発生する。学生証の顔写真を撮影しても、見分けがつきにくい。

2014年のVG紙の報道では、オスロにある専門大学に通う23歳の学生が、ニカブ着用禁止のために、教育を断念する悩みを打ちあけている。

「これは宗教どうこうではなく、ブルキニは女性の抑圧だ」と、進歩党のKeshvari国会議員(自身もイランからの難民)はニカブやブルキニなどの全面禁止を主張する。一方で、「なにを抑圧とするかは女性が決めること」、「個人生活に政府は介入するべきでない」などの批判の声も以前からある。

右翼・左翼政党「顔を覆い隠す衣服は、対立をうむ」

昨年の難民危機が表面化する前に、右翼・左翼の両派が集まった。「未来を見据えた社会統合政策」における、検討会が実験的につくられたのだ。そこでは、顔を覆い隠す衣服着用について、規制する必要があるという同意がなされた。

最も人道的観念が強く、難民の受け入れに最も積極的な左派社会党を含め、労働党、キリスト民主党、中央党、自由党が、話し合ったものだ。衣服の着用について、教育現場や就職活動現場などで、誤解や対立を避けるためにも、禁止を義務付ける規則が必要とされている(Policy Notat.Agenda)

首都では、すでに公共の学校でニカブ禁止

身分証明や本人確認のために、ハローワークなどでは時に顔を見せる必要がある。しかし、法の規制がないと、「人種差別だ」と、着用する本人から訴えられる可能性もあると、その委員会の報告書には記載されている。

首都のオスロでは、すでに2006年に、義務教育の現場では、顔を一面覆い隠す衣服の着用を禁止する案が採択されている。当時は、「欧州にて、スウェーデンとフランスに続き、3番目にニカブ着用禁止を導入した事例」だと報道された(Aftenposten)。

右翼ポピュリスト政党のジレンマ、与党という立場のプラスとマイナス

リストハウグ移民・社会統合大臣 Photo:Asaki Abumi
リストハウグ移民・社会統合大臣 Photo:Asaki Abumi

9月16日、国会で、着用禁止における政党間の議論が、また大きなニュースとなった。左翼の労働党の主要政治家が、ニカブ着用禁止を支持する一方、右翼ポピュリスト政党の移民大臣が反対にまわったのだ(意外な構図だと思う国民も多かっただろう)。

移民大臣においては、「本当は賛成だが、反対にまわるしかなかった」という言い方が正しい。進歩党という「一政党としては賛成」でも、連立する保守党が賛同しないので、「政府として」大多数とならない。政府を代表する大臣のひとりである移民大臣は、進歩党のイメージとは真逆である、「着用禁止・反対」の立場をとらなければいけなかった。これは、極右や右翼ポピュリスト政党とされる政党でも、責任ある与党の立場につくと、これまで通りに好き勝手に発言できなくなる側面を表す一例といえる。

この日、大臣は自身のSNSなどで、「個人的には、進歩党も、ニカブ着用には全面禁止だと、何年間も言い続けてきた」と、自らの支持者に釈明している。イスラム教徒に否定的な支持者の中には、この日の移民大臣にがっかりした人もいただろう。

このように、実は、ほとんどの政党は、顔を覆い隠す衣服は、社会統合を阻み、対立をうむとして、学校でのニカブ着用禁止を検討している。「過激な移民政策を言い出すのは、右翼ポピュリスト政党」で、「左翼政党は寛容的なのだろう」というイメージは、ぴたりとはあてはまらない。

右翼・左翼、与党・野党の対立構造で、たまたま現時点で可決に必要な大多数に至っていないだけだ。だが、この流れでは、国会で可決される日もそう遠くはないかもしれない。もしくは、自治体レベルで少しずつ、じわじわと禁止する方向に向かうだろう。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事