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日本酒を北欧で広める唯一の日本人酒ソムリエ。酒ブームに出遅れる「北欧の悩み」とは?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Photo: Asaki Abumi

酒市場の活性化がいまいちな北欧

北欧で日本酒の魅力を伝える石井氏 Photo: Asaki Abumi
北欧で日本酒の魅力を伝える石井氏 Photo: Asaki Abumi

欧州で、寿司や日本酒ブームが起きている。寿司屋は多くの国で見つかるが、酒市場の盛り上がりに欠けている地域が北欧だ。

今、その北の地で、日本酒の魅力を広めようと奮闘する1人の日本人がいる。酒ソムリエのエデュケーターである石井香織氏だ。

北欧で初、そして唯一の酒ソムリエの教育者である石井氏。ノルウェーやフィンランドなど、北欧各国で酒ソムリエたちを育成している。

2011年にロンドンの酒ソムリエアソシエーションから認定され、焼酎の利き酒師の免許ももつ。昨年は、清酒専門評価者の厳しい試験を全て合格し、年内にレポートを提出後、資格が授与される。幅広い経歴を持つ石井氏は、かつては国連や外務省でも21年間勤務しており、英語、ノルウェー語、フランス語を操るスーパーウーマンだ。

趣味だった酒が、職業に

当初は、ただのお酒好きだったという彼女は、ノルウェー人の夫の仕事の関係で2011年にニューヨークからオスロへと渡る。「やることがないので、何かできることがないかと思って」と振り返る石井氏。

ロンドンのソムリエ講座に興味をもって参加したところ、クラスでトップの成績を収めた。少しずつ自信がつき、数々の酒レッスンや複数の酒企業のコーディネートをおこなう。これまでにノルウェーやフィンランドで、北欧出身者だけではなく、フランス人、カナダ人などの酒ソムリエを育てた。

欧州で初の酒蔵をもつ、ノルウェーの大手ビール会社に転職

北欧の綺麗な水でつくられた酒 Photo:Asaki Abumi
北欧の綺麗な水でつくられた酒 Photo:Asaki Abumi

現在は、個性的なビール会社として有名な、ノルウェーのマイクロブリュワリー「ヌグネ・オー」社に勤務。同社は、日本酒「裸島」の製造・販売にも力を注ぎ、欧州で初の酒蔵をもつことで世界的にも有名だ。石井氏は、2015年より営業・テーストプロモーターとして働き始めた。

ヌグネ・オー社では、北海道の酒米「吟風」を使用し、昔ながらの手法「山廃仕込」で製造。雪解け水の綺麗な現地の水を使用した、どっしりとした、うまみと酸味があるお酒だ。酸味が好きな欧州人から好評で、こってりとしたノルウェー料理とも相性が良い。人気のある「純米」に加え、「純米吟醸」、「山廃もとしぼり」、「スパークリング酒」を販売している。

北欧で日本酒が浸透しない原因は?

酒の勉強会には興味津々のノルウェー人が集まる Photo:Asaki Abumi
酒の勉強会には興味津々のノルウェー人が集まる Photo:Asaki Abumi

欧州初の酒蔵ということで期待大だが、人気のあるビールやワインなどと対照的に、北欧人の食生活では日本酒の浸透率は低い。「この地で酒ソムリエに挑戦する日本人が少ない理由も、北欧マーケットが限られているからでしょう」。

クリスチャンという宗教上の歴史的背景から、デンマークを除く北欧各国には、今も厳しい酒法が残る。日本では、お酒はいつでも、どこでも、安く、様々な種類が入手できるが、北欧では法によって厳しく規制されている。

酒会社が広告を出すことは禁止されており、お酒を飲みたくなるような気持ちにさせる写真の使用、ホームページやSNSでの表現方法にも複雑な規制が多く存在する。「企業としては宣伝はできないから、どうしようかなと考え中」と話す石井氏。

ノルウェーでは、日本酒は「フルーツワイン」という分類!?

厳しい酒法に加えて、酒ブームが特にノルウェーで遅れている理由が、酒を提供する側の知識不足だという。「北欧他国との違いをひとつ挙げると、ノルウェーの国営酒屋では、“酒”というカテゴリーがなく、日本酒は“フルーツワイン”という棚に並べられています。国内で営業まわりをしていても、“お客さんが興味をもつかどうか”と渋る経営者が多い」。

酒に対する一般的な理解がまだまだ低い

3月にオスロで開催された酒とつまみの味見会は大好評だった Photo:Abumi
3月にオスロで開催された酒とつまみの味見会は大好評だった Photo:Abumi

お酒に対する一般的な理解が、まだまだ低い傾向にあるとする石井氏。「日本酒のことを、ノルウェーのじゃがいも蒸留酒のような、スピリッツだと思っている人も多い。でも、実はうまみのある日本酒は、ノルウェーの季節の食材やシーフードと大変相性がいい。日本酒を輸入する会社がもっと増えて、種類が増えれば、人々もおいしいお酒に気付いて、食事の合わせ方を楽しむことができる」。

今後の戦略として、日本酒の健康的なプラス要素をアピールしていきたいと石井氏は話す。「物価が高いノルウェーでは、どうしてもコスト面が高いのがネック。外国産のお酒や、安いワインと競争していくためにも、味とヘルシー面で勝負していきたい。ワインと比べて酸度も低く、胃が荒れにくいし、添加物もないという点を」。

「ワインとマッチングできないような食事も、お酒とならできる。食事との合わせ方の楽しさを広めるためにも、これからどんどん業界人にアプローチして、酒ソムリエを育て、スタッフトレーニングをしていきたい」。

酒の規制が強い北欧で、日本酒はどのように突破口を開いていくか。「お酒のブームがくるのはこれから。むしろ、その面白さを知ってもらえればチャンスは大きい」と、挑戦し甲斐のある北欧の地で、石井氏は目を輝かせる。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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