Figma“中興の祖”が果たした役割に見る「ベテランの力」
物語は、根本的な 「なぜ 」について教えてくれる
──そのコミュニケーションのアプローチや、伝えかたについてですが、Figmaで最高製品責任者(CPO)を務める山下祐樹さんは、CPOとして“Chief Storyteller(チーフ・ストーリーテラー)”の役割も担っている、と話しています。「ストーリー(物語)」を通じて、チームの考えや意識を同じベクトルに向けるというものですね。“中興の祖”ともいうべきクワモトさんも、社内で同じような役割を期待されてきたかと。アドビから転職したとき、Figmaのチームにどんな「ストーリー(物語)」を、どのように伝え、社内の対話を醸成されたのですか? クワモト:少しだけ脱線しますね。高校生の息子がちょうど神話の授業を受けているので、私が大学生のときに大好きだった神話学の講義を受講したときの話をしました。そこで教授が「神話は、科学や事実よりも“ホンモノ”だ。なぜなら、科学や事実は更新され続けるが、神話は不変だから」と話したのです。これには驚き、興味深く思いました。「神話」と聞けば、誰だって“創作物”のように思うでしょう。でも、「神話」という言葉には別の意味もあると思うんです。それは、人々が語り継いできた歴史をもつ「物語」であり、本質的なものを表しているのです。 息子は、授業の課題で『竹取物語』をテーマに選び、物語をめぐるさまざま解釈を取り上げました。ご存じ、『竹取物語』は、竹林の光る竹から翁夫妻のもとに現れたかぐや姫が、やがて月の都へ戻らなければならなくなるという忌憚です。息子が、物語の解釈について話し始めましてね。それが単なる物語ではなく、そこには成長や子育て、喪失と、その段階で人々が経験する「感情」が描かれているんだ、と。そこにあるのは、ある種の真実なのです。Figmaとストーリーテリングに話を戻しましょう。「ファクト(事実)」を語ることと、「ストーリー(物語)」で語ることの違いとは──。事実はあくまで事実であり、暗記できるようなものだという点だと思います。 しかし、物語はもっと深いものです。物語は、根本的な 「なぜ 」について教えてくれます。なぜ、そうなのか? 特定の何かについて不合理な気持ちを抱かせることすらあります。完璧なストーリーだと、読者や視聴者は感情的なつながりをもつことさえできます。それが、「物語」で最も大切なことではないでしょうか。より本質的な、深いものを追求することができるのです。そして、その物語を語るには、内面を掘り下げて自分を理解する必要があります。自分の内面に眠るものとは? 自分はなぜ、今の状態がいちばんだと思うのか? 先ほど、Figmaがいつまでもユーザーにとって良くあり続けることの重要性について比喩を使って話しました。クルマを例に、不安定な土台と安定した土台の上で何かを作ることの違いを伝えようとしましたが、それは良質な製品を作りたいという私なりの表現だったわけです。でも、それを単に論理的に言えば、「製品を良い状態に保ちたい。そのため、これ以上は機能を増やすべきではない」で終わってしまいます。それだと、きっと同じようには伝わりませんよね?