ゾンビ菌、ハエを生きたまま食い荒らし、行動を操作する その生態
HBOの人気ドラマ『The Last of Us(ラスト・オブ・アス)』を見て、ゾンビの大量発生が本当に起こるとしたらこんなシナリオだろうと思ったあなたは、それほど間違ってはいない。恐ろしくて夜も眠れなくなったり、文明崩壊に備えてサバイバルの装備を揃え始めたりするほどリアルではないにしても、宿主の脳を支配してゾンビのような存在に変え、感染を拡大させる菌類は、実際に存在する。 ドラマと違うのは、宿主がヒトではないことだ。 ハエカビの1種Entomophthora muscaeは、『ラスト・オブ・アス』で世界人口の大半に感染したコルディセプス(Cordyceps)と同じように、寄生性の菌類だ。ただし現実には、E. muscaeが狙う宿主は昆虫であって、ヒトではない。通常の宿主はイエバエ(学名Musca domestica)だが、ミバエにも感染することが知られている。 寄生生物によるマインドコントロールは動物界では珍しくないが、E. muscaeの際立った特徴は、極めて効率的に周囲に拡散することだ。1つの部屋や土地の一画に限っていえば、この菌は、生息するハエの60~80%に容易に感染を広げる。 ■ハエカビの精密な遅効性攻撃 E. muscaeの感染サイクルは、効果的かつ致死的だ。この菌は最初、胞子(分生子)を周囲にばらまき、その一部が気づかないうちにイエバエに付着する。ハエに付着した胞子はそこで発芽し、宿主のクチクラ(角皮)に貫入して、血体腔(開放血管系を持つ動物において、血液が流れる、組織や器官の隙間)に潜り込み、そこで増殖する。 寄生性菌類であるE. muscaeは、宿主をすぐに殺すことはない。むしろ、ハエに主導権を握らせつつ、身体機能に影響がない部分をすべて奪いつくす。このプロセスは、学術誌『IMA Fungus』に2021年11月に掲載された論文で解説されている。 E. muscaeは、まずは脂肪と栄養に正確に狙いを定め、宿主が早死にしすぎない程度に吸収する。この期間中にE. muscaeは、ハエの体を食料源としてだけでなく、感染を広げるための自走式容器として利用するのだ。ハエが完全に飢餓状態に陥ると、E. muscaeはハエの臓器のうち、生命維持に必要ないものを食い物にする。