そりゃ、1つくらいは「ミス」するだろう…「めったに起こらないはず」の複製エラーが起きてしまう「意外に科学的でない」要因
複製エラーは、なぜ起こってしまうのか
DNAポリメラーゼが複製エラーを起こす最大の要因は、何度も述べているように、DNAポリメラーゼが、本来は相補的な正しい塩基を置いて「正しい塩基対」を形成する反応を触媒するわけではないからだが、これは、いわば「なんでこんなことしたんだ!」と上司に怒られた新人サラリーマンが、「いや、そんなこといわれても、これ、もともと僕の仕事じゃないですし」と言い訳しているのと同じなので、科学的な推測とはいえない。 たしかに科学的な物言いではないが、1秒間に数千もの塩基を置いていくハチドリ的〈パタパタ〉(〈なんと、1秒間に数千対のペアをマッチングさせる…DNAポリメラーゼの「衝撃的な常識」〉参照)をイメージするだけでも、「あ、なんか1つくらいはミスしそうだな」ということは容易に想像がつく。 分子の世界では、たとえばタンパク質がいつもその構造を石のように完全に確定してはたらいているとは限らず、つねに分子のそこかしこが微妙にゆれ動いている。実際の複製エラーは、そういった「ちょっとした立体構造のゆらぎ」が原因になって、本来はそう感じないはずの間違った塩基でも「しっくりとした感じを得てしまう」からかもしれない。 さて、先ほど、DNA複製がおこなわれる際に生じる複製エラーの頻度について、多い場合は10万回に1回ほどと紹介したが、これは試験管内における実験の結果に基づく数値であり、細胞の中で実際にどの程度の割合、あるいはどの程度の頻度で複製エラーが生じているのかは、じつは誰も知らない。複製エラーの大部分は即座に修復されるから、最終的な頻度はもっと下がると考えられている。 この、エラーをエラーのまま放置しない「鉛筆のお尻についた消しゴム」のようなDNAポリメラーゼのはたらきを見てみよう。 * * * * * 次回は、正直にエラーをなおしていくDNAポリミラーゼですが、それでも生じるなおし残しはどうなるのでしょうか。続いての解説で取り上げます。 DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり 果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か? DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー! 世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?
武村 政春(東京理科大学教授・巨大ウイルス学・分子生物学)