そりゃ、1つくらいは「ミス」するだろう…「めったに起こらないはず」の複製エラーが起きてしまう「意外に科学的でない」要因
「遺伝子」以外への影響も
DNAに生じるこのような突然変異は、タンパク質のアミノ酸配列をコードする「遺伝子」としてはたらく部分にも、当然のことながら生じる可能性がある。したがって、場合によってはコードされているアミノ酸配列にも影響を及ぼす。 しかし、先の記事でも述べたように、僕たちヒトの場合、1つの細胞に収まっているDNA(ヒトゲノム)のうち、実際にタンパク質のアミノ酸配列の情報になっている部分(コード領域)は1.5パーセント程度にすぎない。 しかも、こうした突然変異は、DNA上で比較的ランダムに起こると考えられている。つまり、すべての突然変異がタンパク質の変化をもたらすわけではないのだから、DNAに突然変異が起こったからといって、いきなり生物Aが生物BBを生み出すなんてことは起こらないわけだ。 ただ、生物のゲノムのかなりの部分は「非コード領域」であるとはいえ、多くの部分からはRNA(ノン・コーディングRNA)が転写され、そのRNAがなんらかの機能を担っていることが少しずつわかってきている。DNAに突然変異が生じると、タンパク質の変化とはまた別に、「RNAが関わるしくみ」に影響が出る可能性はある。
複製エラーの驚くべき「低頻度」
僕はピアノを弾くのが好きだ。 弾くといってももちろん趣味のレベルだから、その技巧はプロのピアニストには遠く及ばないが、ミスタッチだらけの耳障りな状態であろうと、かまわずに弾いている。プロのピアニストの演奏を聴いていても、ときどきミスタッチに出合うことがある。数ある音のうちのほんのわずかとはいえ、上手の手から水が漏れることはあるのだ。 ピアノの演奏に喩えるならば、DNAを複製するDNAポリメラーゼは、プロのピアニストであるといっても過言ではない。触媒する反応はホスホジエステル結合の形成であり、正しい塩基をもつヌクレオチドをそこに「置く」こと自体を触媒するわけではないが、立体的なフィットネス(しっくりくるかどうか)を指標に、ほぼ確実に、鋳型に対して相補的な塩基をもったヌクレオチドを置くことができるという優秀さをもつ。 とはいえ、プロのピアニストがそうであるのと同様に、さしものDNAポリメラーゼといえども、たまに「ミスタッチ」をする。 たとえば、そこにある鋳型の塩基が「T」であれば、本来はそのペアの相手として「A」を置くべきところなのに「G」を置いてしまったりする。この「TG塩基対」の形成は、明らかにDNAポリメラーゼの〈ミスタッチ〉、すなわち「複製エラー」であり、生じた塩基対を「ミスマッチ塩基対」という(図「複製エラーとミスマッチ塩基対」)。 もっとも、その頻度は決して高くはなく、多くても10万回に1回程度、少なければ10億回に1回ほどのレベルである。僕のピアノ演奏と比べたら、月とスッポンだ(もちろん、僕のピアノがスッポンです)。 頻度は決して高くないとはいえ、複製エラーはなぜ起こってしまうのだろうか。