取りこぼしやエンジントラブル。日本メーカーはアジアで復活か/MotoGPの御意見番に聞くインドネシアGP
9月27~29日、2024年MotoGP第15戦インドネシアGPが行われました。フライアウェイとしてヨーロッパを離れた戦いが続きますが、インドネシアでGPは転倒やマシントラブルが多く出ました。また、日本メーカーはシングルフィニッシュも増えて、復活の兆しが見られます。 【写真】ヨハン・ザルコ(カストロール・ホンダLCR)/2024MotoGP第15戦インドネシアGP そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第40回目となります。 * * * * * * --さて、今回はフライアウェイシリーズの初戦という事で、昨年同様に何かが起きそうな予感はしていましたが、予想の上を行く展開でしたよね。 土曜日までは良くも悪くもマルク・マルケス選手が話題の中心にいたんだけれど、そこからは色々な出来事が起きたので、脳内の情報整理が追いついてない感じだよ(笑) まずは時系列的に印象的な出来事を振り返ってみようかね。 --初日のトピックはマルク・マルケス選手のスーパーセーブですね。あの技はホンダ時代にはたまに見られた記憶がありますが、ドゥカティでは初めてで本人も驚いていたようですね。 本人曰く、「路面グリップが低いので出来たけれど、グリップが高くなると難しい」らしいよ。 あの技が使えるかどうかはフロントタイヤのグリップ次第で、グリップを失ってスライドしているけれど切れ込んではいないという微妙なバランスの時に、えいやっとイン側の膝でマシンを起こすんだね。基本的にドゥカティはリヤのグリップが勝っているみたいでフロントがプッシュされて切れ込むのが普通だから、ああいうケースは確かに珍しい。 --ところが、翌日の公式予選ではスタート直後に15コーナーでクラッシュ、マシンを乗り換えて再スタートしたら今度は10コーナーでクラッシュという信じられない光景を目の当たりにするわけですよね。 あれはなかなか衝撃的なシーンだったよね。まともに走れていない状況で自動的に12番グリッドが確定したから、さすがの強運もこれまでと意気消沈しているかと思ったらスプリントでは絶好のスタートを決めて、一時はトップのフランセスコ・バニャイア選手を追い詰める勢いだったから唖然としたよ。 --最終的に追い上げてきたエネア・バスティアニーニ選手に抜かれて3位になりましたけれど、やっぱり「持ってる」って感じがしましたね。 もちろん、マルティン選手の「やらかし」の結果の表彰台獲得なんだけれどね。前回のコラムでは昨年を振り返って、マルティン選手の「大きな取りこぼし」の話をしたけれど、あのシーンを見た時は「またか!」と天を仰いだ人は多かっただろうね。 それでもレースはポール・トゥ・フィニッシュで圧勝したし、3位に入ったバニャイア選手とのポイント差も拡げる事が出来たんで、今回は「中くらいの取りこぼし」で済んで良かったんじゃないかな(笑) --決勝レースではさすがに運を使い果たしたといったところですかね。あのマシントラブルもかなりインパクトがありましたね。 煙が出ていたと思ったらしまいにはマシンが燃え始めたからね。おそらくクランクケースの一部が破損してオイルがエキパイに掛かって燃えたという事だろうけど、そこに至る原因は動弁系なのかピストンなのかは判然としないね。 何れにせよコネクティングロッドが折れてクランクケースから突き出るパターンじゃないのかな。オイルがトラック上に漏れて二次災害を起こさなかったのは不幸中の幸いだったね。 --災害といえば、レースのオープニングラップの多重クラッシュは、巻き添えを食ったライダーにしてみれば災害みたいなものですよね。 あれが上位集団で起こっていたら、もっと多くのライダーが巻き込まれていたんじゃないかと思うとぞっとするね。 昨シーズンはスプリント導入初年度という事もあって、オープニングの多重クラッシュが多発していたので「安全性向上に関する提言」みたいなものを書かせてもらったけれど、今シーズンは割合落ち着いているので、ちょっと見る側も油断していたかもね。 起点になったのはKTMのジャック・ミラー選手なのかな。スプリントでもスタートでかなり順位を上げていたから決勝レースも同じようなペースで走っていたと思うけど、あれはレーシングインシデントという事で致し方ないかな。まあ大きな怪我人が出なくて良かったよ。 --KTMといえば、今回ペドロ・アコスタ選手が好調で、2番グリッドを獲得しスプリント6位、レースでは2位と大活躍でした。それに引き換えベテラン勢が今一つ元気が無いのが…… アコスタ選手のレース表彰台獲得はアラゴンGPの3位以来で、あの時はブラッド・ビンダー選手も4位入賞していたからKTM機向きのトラックなのかなという印象だったけれど、今回はビンダー選手もミラー選手も低調で、アコスタ選手だけが速かったのはよく分からんね。 こういう結果を突きつけられるとファクトリーのふたりとしては面目なくて辛いね(笑) --このところ表彰台に上るのは全てドゥカティに乗るライダーですからね。レースに限って言えばこれまで表彰台に上がっているのは、アプリリアのマーベリック・ビニャーレス選手(アメリカズGP)とアコスタ選手(アメリカズGP,アラゴンGP)だけなんですよね。 昨年はマルティン選手の「やらかし」のおかげで、ヤマハのファビオ・クアルタラロ選手が3位だったから、ここは非力なマシンでも勝てる可能性のあるサーキットと言って良いのかな。 予選結果も良かったから期待したんだけれど、スプリントもレースも今ひとつでガッカリだったな。 --非力なマシンでも勝てる可能性のあるサーキットと言える要因はどういうところですか? マルティン選手の速さが突出しているのを別にすれば、ラップタイムはかなり拮抗しているのが分かるよね。レイアウト的にはストレートが短いのとコーナー数が多いから平均速度が低め。そして転倒が多発している事から路面グリップも欧州のサーキットより低いと思われるね。通常はタイヤ性能を限界まで使い切る勝負になるんだけれど、そこが低いところでクリップされてしまうとエンジン性能よりも操縦性やライダーの技量が支配的になる。 つまり非力なマシンにも勝機が生まれるって事だよ。とは言っても、それをちゃんと結果に結びつけたアコスタ選手はやはり非凡な才能の持ち主と言えるだろうね。 --なるほど、アラゴンGPあたりからヤマハとホンダがじわりと調子を上げている印象ですが、今回ヨハン・ザルコ選手が予選7位、スプリント8位、レース9位と本人としてもホンダとしても今シーズン最高の結果になりましたが、コースも味方したという事ですね。 色々やってみたもののエンジン性能はあまり変わらず、空力の改良が一番効果が明らかだったようで、旋回性が向上したのが地味に結果に反映されてきているんじゃないかな。 と言っても今回は他の3人が余りパッとしなかったので、ザルコ選手だけ仕様が異なるのかそれともザルコ選手の好きなコースなのかという話になるけど、少なくとも昨年はノーポイントだったからそういう訳ではなさそうだし…… --じゃあ空力性能が改良された結果という事ですね。そういえばドゥカティファクトリー機もミサノから空力がアップデートされたようですが、マルティン選手だけがそれを継続して使用しているらしいですね。 本人のコメントによるとコーナーの進入スピードが速くなったと言っているね。その分だけブレーキングの最後の方で止まり辛いのと少し曲がりにくいらしいけれど、ライバルのバニャイア選手が選ばなかったものを使い続ける選択は勇気がいるし、本当のところはかなりメリットがあるんじゃないかな、このあたりは心理戦的な要素もあると思うんだけどね(笑) --それにしても目を凝らしてみてもアップデートされた部分がどこなのか違いがよく分かりませんね。空力でコーナー進入速度が速くなると言うのはどういう理屈なんですか? たしかにグラフィックの関係でどういう形状をしているのか分かりにくいから、外観的な特徴を見分けるのは難しいよね。 コーナー進入のスピードが上がったという事は、おそらく強いブレーキングが出来るようになったという事じゃないのかな。ブレーキングの限界はリヤタイヤが浮くかどうかがポイントだから、強いブレーキングをしてもリヤタイヤが接地していればそのままコーナーに進入して行けるので結果コーナースピードも速くなる理屈だね。 つまり、今回の空力アップデートの狙いはリヤの接地荷重アップという結論になるね。 --なるほど、コーナーの進入ではリヤタイヤが浮いてホッピングしたり左右に振れたりしていますから、あれが無ければスパッとコーナーに進入できるイメージは湧きますね。 たしかにそうなんだけど、他人より速く走るのはそれだけリスクを負う訳で、スプリントでの予期せぬ転倒も速さを求めて危険な領域に自分を追い込んでいった結果と言えるのかもしれないよ。 --ブレーキングといえば、今回予選2位、スプリント4位、レース5位と好調だったマルコ・ベゼッチ選手でしたが、スプリントではバニャイア選手に迫っていたところでブレーキトラブルで後退してしまいました。あれはどういうトラブルだったんでしょう。このサーキットはブレーキに厳しいんですか? 本人曰く「パッドが開いてしまった」と言っていたから、フロントが振られた拍子にローターに叩かれたパッドがキャリパーのピストンを押し戻してしまったのかな。こうなるとブレーキレバーを握ってもスコッと手応えが無いから慌てて握りなおす、タイミングが遅れるのと力加減が制御できないのでロックした、という流れじゃないかな。 金属製のローターを使っていた時代は熱歪みの影響を避けるためにローターが完全にフローティングマウントされていて、左右にガチャガチャ動くくらいだったから、フロントが激しく振られた場合にはこういう現象がたまに起きていたんだ。 現在のカーボンローターはフローティングマウントと言っても昔ほどではないし、質量も軽いのでパッドを叩く力も弱いはずなので、こういうトラブルとは無縁と思っていたけどそういう訳でも無さそうだね。 --最後になりますが、次回はいよいよ日本GPですね。何か特別な思いというのはありますか? 昨年は天候に恵まれなかったんで、今年は是非良いコンディションでレースをしてもらいたい。そして全員怪我やトラブル無しで次のオーストラリアに向かっていただく事かな。 もちろん日本メーカーの今シーズンベストの結果を期待しているけどね。 [オートスポーツweb 2024年10月02日]