まるで「らんまん」主人公?絶滅寸前の希少植物の解明に奮闘する、科博研究員の仕事とは #ニュースその後
「難しさ」がシダ植物の魅力
海老原さんが植物のおもしろさに出会ったのは、小学生の時に訪れた博物館だった。一つのことを追究する研究者がいるのが魅力的で、科博の小中学生向け講座にも参加していたという。研究員から標本の作り方を教えてもらい、自分でも作り始めた。さまざまな植物について説明を受けた中でも特に理解が難しかったのがシダ植物だったという。その難しさが、海老原さんの心をつかんだ。シダ植物の種類の多さや生態の複雑さを知るにつれ、その謎めいた魅力にのめり込んでいった。「花の咲く植物にはないミステリアスさというのがあって、その形の裏側に何か面白いものがあるんじゃないかと」 海老原さんは大学に入り、研究テーマをシダ植物に決めた。だが、そこで思わぬ事態に直面する。それまで図鑑で見てきた種類で大幅に減少したり、絶滅したりしたものがあり、自生地で見ることはできなくなっていたのだ。 日本では約700種のシダ植物のうち3分の1が絶滅危惧種に指定されている。その理由のひとつにニホンジカによる食害がある。天然林の伐採と人工林の増加、狩猟規制で天敵がいなくなったことなど、さまざまな理由によりシカが生きやすい場が広がってきた。森林のそうした変化は、湿度が保たれながら光も差し込むシダに適する環境を損なうことにもなった。 「見たくても見られないという状況はショックでした。もっと早くシダに出会えていたら、いろんな種類が林の下一面に元気に生えている場面に出会えたのではないか。そう思うと、悔やまれるところです」。その思いが原点となり、海老原さんは研究だけでなく保全活動にも取り組んでいる。
日本のシダ植物を守る
筑波実験植物園では、100種前後の絶滅危惧種を、温度や湿度が管理された非公開の温室で栽培している。数を増やすことが、守っていく上でのリスク分散になる。栽培する株が元気に成長し胞子をつけると、次は胞子からの増殖を目指して培養室で管理される。「急に外に出すと枯れてしまうんです。コーヒーカップのLサイズくらいまで伸びたら、そろそろ圃場(ほじょう)に出せる頃です」。その説明通り、10センチほどに成長したシダはコーヒーショップのテイクアウト用のカップに入れられていた。 培養室の棚には胞子から発芽したばかりの前葉体や、受精をへて葉を伸ばし始めたばかりのシダが並べられている。こうした保全活動はほかの植物園を含めた複数の場所で進めることが理想だが、シダの専門家が常駐する施設が少ないことがネックとなっている。九州での現地調査に協力してくれた研究者らは、同じ思いを持って保全に努める大事な存在だ。 また、保全活動や植物の多様性に関する研究の支えになるよう、海老原さんが10年以上取り組んでいるのが、標本のデータベース化だ。外部にも公開し誰でも活用できるようにすることが大切だという。「標本はいろいろな活用が考えられますけれど、博物館が持っているものを誰でも把握できるような形にするところがまずスタートライン」という。 ただ、シダ植物に限っても推定40万点の標本情報を一つひとつ入力していく作業は膨大で、完了まで先は長い。古いものや寄贈された標本には手書きの記録も多く、入力は手作業だ。寄贈された標本の分類も追いつかず、多くが順番待ちの状態にある。「その中にも宝物と言える資料が山ほどあると考えているので、早く発掘して多くの方が利用できる状態にする。それが一番重要だろうと思います」