映画評論家 森直人が選ぶ 年末年始に観てほしい! 2023年公開映画の傑作5選【邦画編】
『ほかげ』
ハリウッドでも大ヒットを記録した『ゴジラ-1.0』(2023年/監督:山崎貴)は当然必見として、同じく戦争直後の焼け跡や闇市を舞台にしながら、ずっとミニマルで映像詩のような美しさに満ちたこちらの傑作にも注目したい。『鉄男』(1989年)や『六月の蛇』(2003年)の世界的名匠であり、『シン・ゴジラ』(2016年/監督:庵野秀明、樋口真嗣)などでは俳優としても知られる塚本晋也監督(1960年生まれ)の最新作。第80回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得した。 主演を務めるのは、やはり戦後を背景にしたNHKの朝ドラ『ブギウギ』が大好評中の趣里。物語はまだ終戦から間もない夏、バラックの小さな居酒屋を独りで営む女(趣里)の姿からはじまる。やがてその狭い店に、空襲で家族を亡くした孤児の少年(塚尾桜雅)が入り浸るように。さらに戦場で狂気を目の当たりにしてきた復員兵の青年(河野宏紀)も住み着き、三人は疑似家族のような日々をしばらく過ごすことになる。 クエンティン・タランティーノやギャスパー・ノエ、『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキーなど、多数の映画監督から尊敬を集める“クリエイターズ・クリエイター”(同業者から敬愛される表現者)の塚本監督。本作『ほかげ』にも利重剛、大森立嗣、唯野未歩子、河野宏紀といった映画監督としても著名な面々が俳優として集結しているのも興味深い。内容は『野火』(2015年)と『斬、』(2018年)の流れを汲んだもので、特に『野火』の続編的な要素が強い。戦争と暴力が渦巻く時代において、平和や未来を希求する祈りのようなシネエッセイだ。ちなみにタイトルの『ほかげ』は火の光や灯火に照らされてできる影を指す『火影』のことだが、『NARUTO-ナルト-』の火影忍者とは何の関係もない(念のため)。
『逃げきれた夢』
本年度の日本映画の大穴とでも言うべき味わい深い傑作。主演は光石研。監督とオリジナル脚本を手掛けたのは、俳優としても活躍する二ノ宮隆太郎(1986年生まれ)。先輩俳優として光石をこよなく敬愛する二ノ宮監督は、彼の主演を前提として物語を紡いだ。撮影は『ドライブ・マイ・カー』(2021年/監督:濱口竜介)など世界的に高く評価される名手・四宮秀俊で、本作は第76回カンヌ国際映画祭ACID(アシッド)部門に正式出品された。 お話は北九州の定時制高校で教頭を務める主人公・末永周平が、ある症状(劇中では「記憶がだんだん薄れていく」とだけ説明される)に見舞われたのをきっかけに、自らの人生を見つめ直すといった内容。 大枠は黒澤明監督の名作『生きる』(1952年)に近いのだが、それを小津安二郎的な無常観で描いたもの……というだけではまだ説明が足りない。『生きる』の主人公は胃がんを宣告されてから、自分の人生や死の問題、残された時間と向き合う。そして“立派なこと”をやろうとするわけだが、対して『逃げきれた夢』の周平は空回りばかり重ね、時にはボ~ッとしてしまう。「やりたいこと……何やろね?」みたいな(笑)。 さらに妻(坂井真紀)や娘(工藤遥)に対しては“かまってちゃん”みたいになって、「人間、好かれようと思って真逆のことするの、よくあるやん!」と逆ギレしたりする。どちらが等身大のリアルで、本当に身に染みるかは実際に本編をご覧になって確かめていただきたい。情けない周平に鋭い目を向ける女性キャスト陣(吉本実憂、坂井真紀、工藤遥、杏花など)も本当に素晴らしい。 ちなみに黒澤作品は、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロによる脚色、名優ビル・ナイ主演のイギリス映画『生きる LIVING』(2022年/監督:オリヴァー・ハーマナス)としてリメイクされた。こちらも大変良い出来なので、合わせて鑑賞するのもおすすめ!