映画評論家 森直人が選ぶ 年末年始に観てほしい! 2023年公開映画の傑作5選【邦画編】
『市子』
2023年の日本映画、最後(12月)になってぶっ込まれた超大玉。今年の各種賞レースにはタイミング的に間に合わなかったところも多いが、とにかく今すぐ映画館に駆け込んでいただきたい作品がこれだ。 主演は杉咲花。東京出身の彼女だが、NHKの朝ドラ『おちょやん』(2020年~2021年)でも披露したネイティブさながらの見事な関西弁で過酷な宿命を背負ったヒロイン、市子を鮮烈に演じ切る。 監督は俊英・戸田彬弘(1983年生まれ)。もともとは彼が主宰する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演作品であり、サンモールスタジオ選定賞2015で最優秀脚本賞を受賞したオリジナルの戯曲『川辺市子のために』が原作。それを映画用に再構築し(脚本は上村奈帆と戸田の共同)、圧巻の熱量でスクリーンに焼きつける。 まるで実録ものかと見間違うような社会派のミステリータッチは非常にパワフルで、日本の平成史と重なるロングスパンの時制を行き来する物語をぐいぐい引っ張っていく。若葉竜也や宇野祥平など実力者俳優たちのアンサンブルも素晴らしく、特に市子の母親なつみを演じる中村ゆりの色気と哀愁が凄い! そして市子を守るヒーロー願望に憑かれた同級生の“北くん”を怪演する森永悠希のズタボロ感がエグい! 全編まったく飽きさせず、重量級の感動と衝撃をもたらす。『砂の器』(1974年/監督:野村芳太郎)や『嫌われ松子の一生』(2006年/監督:中島哲也)などと比較される、すでにスタンダードの風格を備えた新しい名作の誕生だ。
『月』
今年いちばんの問題作にして、気合の入りまくった大力作と言えばコレを置いてほかにない。日本の若手監督の代表格である石井裕也監督(1983年生まれ)が、彼が最も敬愛するという辺見庸の同名小説を大胆に脚色して映画化。企画を立てたのは『新聞記者』(2019年/監督:藤井道人)など硬派な話題作の数々で知られる映画会社スターサンズ代表だった河村光庸(2022年6月に72歳で急逝)。彼の遺志を受け継ぎ、石井監督は『茜色に焼かれる』(2021年)などを超える自身最高のハイボルテージを発揮。難しい主題の物語を特異な作品設計で叩きつけた。 本作の“問題作”たるゆえんは、2016年に起こった相模原障害者施設殺傷事件をベースにした内容だからである。タブーに抵触する領域の事情について石井監督は出来得る限りの取材やリサーチを重ね、日本社会のリアルな闇を問題提起として映画に反映させた。 もともとはKADOKAWAと共同配給の予定だったが、当初から社内の担当プロデューサーは石井監督の志向性について反対の意を示していたらしい。それを庇っていたのは当時の会長・角川歴彦だったが、2022年9月、東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約をめぐる汚職事件で逮捕。同社社長の夏野剛が製作中止を決めたことでKADOKAWAは配給を辞退。宮沢りえやオダギリジョーが主演する豪華な座組みながら、異例のインディペンデント映画としてスターサンズが単独配給することになった……というこの映画の公開までをめぐる複雑な経緯も広く報道された。 結局、小規模公開ではじまった本作『月』は激しい賛否両論や議論を呼びながらスマッシュヒットを記録し、年末年始の映画賞レースの目玉作品のひとつとも言われている。まさに石井監督&そのチームの執念の勝利と言えるだろう。映画の内容自体はバチクソに暗く重い気分になることは間違いないが、絶望の果てに一抹の希望を確かに感じられる映画でもある。 『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』(2023年/監督:武内英樹)と本作、真逆の傾向の作品で重要なポジションを堂々担った二階堂ふみ(第48回報知映画賞助演女優賞を受賞)、そして最もリスキーな役柄を引き受け、本年度の助演男優賞を総ナメにするであろう磯村勇斗(今年は『正欲』『渇水』『波紋』『最後まで行く』もあり、すべて良作という作品選択眼が凄い!)にも改めて拍手を贈りたい。