禁断のアドバイス
ときにアドバイスも必要である
「どうしたら、もっとうまくアドバイスができるだろうか?」 この問いは、我々コーチにとっては、まさに禁じ手のような問いです。なぜならば、コーチングを学び始めてからずっと、 「アドバイスはしてはいけない」 「アドバイスをすると相手の主体性が失われる」 「アドバイスなんて三流コーチがやること」 と叩き込まれ、自分も「アドバイスはしません」と言い切ってきました。 私たちがビジネスとして実践するコーチングは、中長期間に相手の成長や能力向上を目指しており、スポーツの試合のような超短期のパフォーマンスを高めるための作戦、戦術にフォーカスを当てた関わりをすることはまれということもあるでしょう。事実、効果的なアドバイスの具体的な方法を学んだり、真剣に練習をしたことがありません。 もちろん、ご存じの通りコーチングは万能ではありません。日常の仕事において、コーチングだけで周囲をうまくいかせることはできません。たとえば、新入社員が取り組んでいる仕事についてアドバイスを求めてきたら、コーチングではなくティーチングやアドバイスをする方がはるかに効果的です。相手や成長過程、テーマに応じてコーチングやティーチングを使い分けることが重要なのです。 今回のベンチコーチとしての失敗は、「どうしたら、もっとうまくアドバイスができるか?」という問いと同時に、「私自身は、マネジメント上で必要なときに、部下に適切にアドバイスができていたのだろうか?」という問いにもつながりました。
効果的なアドバイスとは
今回の体験から、アドバイスについて学んだことは2つあります。 一つは、「アドバイスは自信をもって伝えること」。自信のないアドバイスは、伝えたところで相手に不安を残します。 自信をもって伝えるには、日頃から相手を観察することが必要です。相手は「何が得意/不得意なのか」「どんなケイパビリティ(知識、スキル、リソースなど)をもっているのか」などを把握しておくこと。また、アドバイスを求められたとしても、それはテクニカルなことなのか、作戦についてなのか、メンタル的なことなのか、何を求めているのかを正しく把握することも重要です。日頃の観察だけでなく、その場で何が起きているかも観察し、理解している必要があるのです。 そしてもう一つは「アドバイスは、最新のアドバイスであること」です。 今回のケースを見れば、私の卓球の体験は30年前のものです。この間の卓球の進化を見れば、過去の体験はアドバイスの材料にならないことは火を見るよりも明らかです。しかし、仕事のアドバイスを考えてみると、私たちは自身の体験から得たことを中心に伝えようとすることが多いのではないでしょうか。 効果的なアドバイスをしようと思うのであれば、自分の過去の成功体験という限られたリソースに頼るのではなく、常に学び、アップデートし続け、自分の中に最新の情報をもっている必要があるのではないでしょうか。唯一無二の正解かどうかはわからなくても、今、自分が最善と思えることを具体的に伝えることが重要です。 だからこそ、アドバイスは難しい。コーチが「アドバイスをしてはいけない」と言われるのは、自分の過去の経験を押し付けて「相手の可能性を閉ざすことはするな」「相手が自分自身で考えて決める余地を奪うな」ということなのでしょう。 * * * 部下や大切なメンバーを「本当に成長させたい、成功させたい」と思ったら、自分の経験に頼って、安易にアドバイスするなんてとてもできません。そうつくづく実感できたことが、今回の失敗による収穫だったかもしれません。 今回のオリンピック、自分がコーチだったら、選手に今、どんな言葉をかけるだろうかと、そんな視点で楽しんでみるのもいいかもしれません。