東京都心にカワセミが生息している。地形と都市開発を「観察」する
『国道16号線:「日本」を創った道』の著者である東京工業大学教授の柳瀬博一氏は、編集Yの元同僚、かつ畏友です。彼の近著『カワセミ都市トーキョー』を読ませてもらって「これはビジネスパーソンの視野を広げる本でもあるな」と思い、「彼のものの見方、ノウハウを盗ませてもらおう」という下心も秘めつつ、インタビューに行ってきました。(編集Y) 【関連画像】川に捨てられた自転車が魚礁になり、カワセミにとって格好の狩り場になっている。 柳瀬博一教授(以下、柳瀬):Yさんお久しぶりです、何でもお聞きください。 はいはい。「東京の都心部にカワセミが帰ってきている、なぜだ?」というところから始まって、それは単純に「自然が復活した」からではない、そもそも東京という都市の地形、水系、そして街づくりの結果なんだ、と解き明かすという。立て付けからしても面白いし、街歩きの面白さを倍加するガイドブックにもなる。 柳瀬:ありがとうございます。 もう、そのまま紹介すればいいような話ではあるんですけど、やっぱり、この本が魅力的なのは「観察する」ことの面白さを教えてくれるところで。「環世界」という言葉が出てくるじゃないですか。 柳瀬:はい、ユクスキュルの。(※ヤーコプ・フォン・ユクスキュル 生物学者・哲学者) この概念、初めて知ったんですけど、どの生き物も、もちろん人間も、それぞれの環世界を持っていって、その環世界に「ある」と認識していないものは、存在していたとしても「見えない」。変な例えだけれど、介護の問題を自覚すると、初めて「街中にこんなに介護施設があって、介護事業者のクルマが走っているのか」と気づく、みたいな。 柳瀬:そうそう。 ●誰もが知っている。けれど観察はしていない で、「観察」というのは、自分のその環世界を拡張していくアクションだ、ということですよね。で、「観察」とは何なのか、なんだけど、柳瀬氏の本をくさすわけじゃないけど、都心にカワセミがいることは前から知られていたし、写真を撮る人もたくさんいたわけだよね。 柳瀬:そう。SNSで検索すると、いろいろなところでたくさんアップされてます。僕も最初はネットからも情報を取って写真を撮っていたわけですよ。 そしてカワセミって、おそらく知らない人がいないくらい、目立つし、かわいくて、かっこいい、人気がある鳥なわけです。言ってしまえばみんなが推したくなる「究極のアイドル」なんですね。だから、カワセミのいるところには巨大レンズ付きの一眼デジカメを構えた「追っかけ」の方が大概いる。 ああ、カワセミちゃんは推しの鳥なのか。 柳瀬:そしてツバメとかハトとかカラスと並んで、たぶんカワセミを知らない人はいないですよね。子ども向けの鳥類図鑑でも、表紙に使われたり。これは世界的にもそうで、ビールのブランド名とかにもなっている。 「キングフィッシャー」ね。 柳瀬:世界のみんなに愛されるカワセミだけど、これだけ人口が密集した巨大都市に生息しているというのは、世界で見ても珍しい。だけど、その東京でのカワセミの細かな生態の研究は、山階鳥類研究所で研究員をされていた内親王時代の元皇族の黒田清子さん、港区白金の国立科学博物館附属自然教育園(以下、自然教育園)でカワセミ研究を続けていた矢野亮さんを除くと、ほとんど誰もやってなかったようなんです。お二人は皇居と赤坂御所、自然教育園のカワセミが対象で、東京の都市河川のカワセミの研究はほぼ手付かずでした。 相当多くの人が知っている、テーマとしても面白い「都心のカワセミ」。でも研究する人はほぼいない。このへんに「観察」の難しさが絡んでくると思うんだけど。例えば、カワセミを撮っている人はたくさんいるわけだよね。 柳瀬:はい、ただ、写真を見るとカワセミを撮る人の多くは「カワセミをいかにアップで精細にきれいに撮るか」に集中しているように見えるんですよ。800ミリとか600ミリとかの超望遠で。 鳥対応のオートフォーカスであの小さな瞳にすぱっと合焦するカメラで。 柳瀬:だけどいくら撮っても、それだけでは観察にはならないんです。 え、どうして? 柳瀬:アップの写真「だけ」だと、「カワセミというモチーフ」をきれいに撮ることだけで終わってしまう。「カワセミの生き方」を見ることも、伝えることもできない。 あっ、そうか、撮影している人にとっては、別にカワセミ自体に興味はなくて、被写体として見ている、ってことだな?