わが友人、ホームレス、テントに暮らす荒川の釣り名人。奇跡が起きることを祈っている
荒川近くで育った。この荒川が自然の偉大さを教えてくれた
桂さんは、この荒川近くで生まれ、小さい頃から荒川の河川敷で遊ぶのが好きだったという。ここの森、湿地、池、草木などはすべて彼の「天然の遊園地」になった。ここではシラサギ、アジサシ、ミサゴ、カモ、ハトなどの美しい鳥がよく見られるだけでなく、カメ、アライグマ、タヌキ、キツネ、ウサギ、タネズミといったかわいい小動物にも時折、出会うことができる。 いずれも桂さんが幼い頃、追いかけて遊んでいた自然界の小さな遊び仲間だった。 小学生時代、桂さんは釣りを覚えた。それから何十年も釣ってきたが、私の見る限り、今では荒川一帯で有名な釣りの達人だ。多くの釣り初心者(中国人もいる)が弟子入りして教えを乞うてきたという。 1958年の狩野川台風で荒川が氾濫したとき、まだ小学生だった彼はちょうど荒川のほとりで釣りをしていて、河川氾濫の恐怖を目の当たりにした。しかし、その経験は少年の桂さんを驚かすどころか、荒川への愛と崇拝の気持ちを高めた。 荒川は彼に自然の威力と魅力を教えてくれた。畏敬とは何か、冒険とは何かを早くに知ることになったのだ。
アルミ缶集めは2日に1回。ホームレス生活を生きる術
桂さんは何度も私に言った。彼自身がホームレスになる道を選んだのは「冒険」であること。「あなたがどの生きる道を選んでも、未来はどうなるか予測できないが、大胆に前進すれば、自分の生活に合ったユートピアを見つけることができる」ということ。 桂さんも当初は、何か困ったことがあってホームレスの隊列に入ることになったのかもしれない。 それでも、この「人間の煉獄」(カトリックの教義で、死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪を浄化される場所とされている)に入った後、ここには悲鳴、落胆、貧困ばかりではなく、笑い、希望、豊かさもあることを知った。 それはおそらく桂さんの幼少期からの生活環境と経験に根ざしている。 彼の特性はこの種の自然に近いホームレスの生活には向いているようだし、青年時代にはさまざまなスポーツが好きで、それによって健康な体を手に入れていた。だから劣悪な環境の試練にも耐えられるわけだ。 ホームレスとして10年の時が過ぎた。彼は自分の野外生活を整然としたものにして、さまざまなことに興味を持って毎日を過ごしていた。私から見れば、桂さんはホームレスの中で最も賢く生きている人だと思う。 読者の皆さんは、彼が何を頼りに、そしてどのように生きているかに興味を持っているだろう。ここで、私が知る桂さんの「生きる術」をいくつか紹介しよう。 まずは肝心な生活費の出所だ。桂さんの仕事はシンプルで、アルミ缶を集めて廃品買取所に売ることだ。彼はこれを「缶の仕事」と呼ぶ。 アルミ缶がまだ売れる限り、彼の収入源がなくなることは心配しなくてもいいだろう。 桂さん、この仕事の最大の特徴について、こう話していた。「頭を使わず、人に頼まず、誰にも管理されず、やりたいときにやり、働いた分だけ稼ぐことができ、やらなければ稼ぐことができない」 桂さんは基本的に2日に1回、アルミ缶の収集に行く。通常は午前3時に出発し、6時まで缶を集める。それを家に持ち帰って、朝ご飯を食べる。その後、収集したアルミ缶をすべてぺしゃんこにして(体積を小さくして輸送しやすくする)、自転車で廃品買取所に持っていく。 20キロぐらいの缶を売って、4000~5000円をもらえる。このお金は2日分の生活費としては十分で、それ以上は稼がないという。