WWEの元構成作家が語るビンス・マクマホン、言葉の暴力や性差別「生きるか死ぬか」の日常
世界最大のプロレス団体・WWEの構成作家だったマイケル・レオナルディ氏は2016年に解雇された。その際、人事部の人間と当時の作家チーフから「君はこの仕事に向いていない」と言われたそうだ――10カ月の在職中に昇進と昇給を経験し、仕事ぶりの評価も高かったにもかかわらずだ。だが解雇前の1週間内に、当時のビンス・マクマホンCEOから雷を落とされていた。レオナルディ氏や他のレスラーは台本が人種への配慮を欠いていると考え、本番直前にマイナーチェンジしたのが原因だった。ビンス・マクマホンCEO時代のいじめ体質と性差別の内情を、WWEの長寿番組『SMACKDOWN』『RAW』の元構成作家陣が語る。 【写真を見る】米女子バレーチームの「不適切写真」流出、試合中にヤジ飛ぶ「ナイス乳首」 「マクマホン氏は私に向かって、『つまりお前は私の望み通りにしなかったんだな?』と言いました」とレオナルディ氏はローリングストーン誌に語った。「私は、『わかってます、申し訳ありません。みんなでチェックして、大丈夫だと思ったので、少しだけ手を加えました』と言いました。すると彼は怒鳴り始めました。ものすごい剣幕でした。私はすごすご部屋を出ていきました」。 レオナルディ氏をはじめ、かつてWWEの構成作家を務めていた6人がローリングストーン誌の取材に応じ、本人たちが言うところの悪意に満ちたライタールームの環境を暴露した。そうした環境はマクマホン氏を筆頭に、管理職クラスの社員にまで蔓延していたという。2016年から2022年にかけて、WWEの長寿番組『RAW』『SMACKDOWN』を担当していた人々で、勤続期間は4カ月から5年とまちまちだ。大多数はWWEや元同僚、狂信的なレスリング・ファンから報復を受けることを恐れ、匿名での取材を希望した。 「WWEは恐怖統治国だ」と元作家の1人はローリングストーン誌に語った。「どこでもそうだが、人々を駆り立てるのが恐怖だ」。 本記事の掲載にあたってWWEの代理人に度々コメント取材を申請したが、返答はなかった。マクマホン氏の広報担当者はローリングストーン誌に宛てた声明の中で、「大勢の構成作家が、WWEのライタールームの環境はとても楽しく、クリエイティヴで、自由にさせてもらっていたと言っています。今回ごく一部の(あきらかに不満を抱えた)個人は、統一見解や真実を一切反映していません」。 WWE(旧名WWF)の職場文化については、数十年前から不適切行為に関する疑惑がはびこっていた。さかのぼること80年代後半~90年代初頭にはレスラーの間で麻薬やステロイドの使用が横行していると囁かれ、男女問わず組織内部からセクハラや暴行を訴える声が上がっていた(これらの件についてマクマホン氏およびWWEにコメントを求めたが、返答はなかった)。Netflixの新作ドキュメンタリー『Mr. McMahon』にも描かれているように、マクマホン氏はその間ずっと騒動を糧に栄華を極め、組織も大きく成長していった。 だが近年、WWEとマクマホン氏個人に対する非難が沸点に達している。同氏は2022年、ウォールストリートジャーナル紙の記事をきっかけにWWEのCEO職を辞任。記事によると、同氏は4人の女性に口止め料として1200万ドル以上を支払い、社員との性的不適切行為や不倫について口外を禁じたという。そして今年1月、WWEの元社員ジャネル・グラントさんが性的暴行および性的人身売買でマクマホン氏を訴えた。雇用と引き換えに、同氏とWWE職員と3人で性行為するよう圧力をかけられたという。訴訟が起こされた翌日、マクマホン氏はWWEとUFCの合併後に設立されたTKOグループ・ホールディングスの最高会長職を辞任した(当時マクマホン氏は声明を出し、グラントさんの訴訟は「根拠がなく」「嘘八百だ」として疑惑を否定した)。現在はグラントさんの訴訟に関連し、連邦当局から捜査を受けている。 マクマホン氏は1982年、父親からWWE(当時はWWF)を譲り受けた。90年代半ばごろから極悪キャラのイメージを作り上げ、しばしばWWEの公演に姿を見せては数多くのレスラーに威張り散らし、自らリング上で戦いすらした。2002年には本人が言うところの「泣く子も黙る猛者」の時代を築き上げた。だがローリングストーン誌が取材した構成作家によると、マクマホン氏の威圧的な言動は番組の中だけに留まらなかった。周囲の人間をなじり、けなすことで、同氏は恐怖文化を組織内に浸透させたという。 「恐怖がしっかり根付いていました。大元はビンスでした」とレオナルディ氏は言う。「当然ながら、彼が築き上げた文化は数多くの問題を生みました」。 6人の元WWE構成作家は言葉の暴力をしょっちゅう目撃していたか、あるいは自分が犠牲者だったとローリングストーン誌に語った。そうした悪意むき出しの環境はライタールームだけでなく、コネチカット州スタンフォードの本社であれ、巡業先の収録現場であれ、社内全域に浸透していたという。元作家いわく、社員は2つの陣営に分類されていたようだ。かたやWWEに全身全霊を傾け、マクマホン氏の会社でしか働いたことがない一団と、他のエンターテインメント企業で経験を積んで入社してきた新参者だ。後者はすぐに、WWEが前職の職場とは似ても似つかないことに気づいた。 「ライタールームではいつもみんな怒鳴られていました」とある元作家は言う。「恥をかかせたり意地悪なことを言っては、冗談だと流していました。でも冗談にしては質が悪い」。さらに「ライタールームで標的にされても、誰もかばってくれません。そんなことをすれば自分も狙われることになる。キツネは仲間を助けるために巣穴から頭を出したりしません。誰も標的にはなりたくないですから」。 レオナルディ氏は2001年、最初はサブプロデューサーとしてWWEに入社したが、2005年に辞職した。無神経な台本で番組を制作する気にはなれない、と上司に告げたところ、降格され、職務を剥奪されたためだ。2005年7月7日、ロンドンではイスラム系テロリストが通勤時間帯に市内を走る3本の地下鉄と1台のバスを爆破させるという事件が発生した。その数日前にWWEが準備した『SMACKDOWN』の台本は、モハメド・ハッサンというお騒がせキャラのレスラーが、スキーマスクと黒いシャツ、カモフラージュのパンツを着用した5人の力を借りて、アンダーテイカーを倒すという流れだった。番組は当初の予定通り、保護者への警告つきで7月7日に放映された。それでも多くの視聴者が番組を不快に感じ、後日WWEは外部からのプレッシャーを受け、ハッサンというレスラーをお蔵入りにした。レオナルディ氏も復権したが、口答えしたために罰せられたという経験からなかなか立ち直れなかったそうだ。 10年後、レオナルディ氏は構成作家に空きが出ていることを知り、会社に対する見方を改めた。長年レスリング・ファンだったため、WWEの構成作家の仕事はまさに天職だった。さっそく求人に応募し、今度は構成作家としてWWEに再入社した。だがほどなく、またもや物騒な台本が現れた。2016年、キング牧師記念日に放映予定だった『RAW』の1シーンを収録していた時のことで、レオナルディ氏はRトゥルース、タイタス・オニール、マーク・ヘンリーの3人の黒人レスラーと、ネヴィルという白人レスラーと巡業中だったそうだ。レオナルディ氏が今年2月LinkedInに投稿した動画にもあるように、「台本ではネヴィルが声を張り上げ、『俺には夢がある、ロイヤル・ランブルで優勝するという夢だ』と宣言することになっていた」という。1963年に市民権運動の旗頭だったキング牧師が、リンカーン記念堂で行った歴史に残る姪演説にちなんだ発言だ。レオナルディ氏の話によると、ネヴィルはこのセリフを言うのをためらい、時間も迫っていたことから、手直しをしてRトゥルースが代わりにこのセリフを言うことにした。当時の上司だったデイヴ・カプール氏も変更を承認したそうだ(カプール氏には連絡が取れず、コメントは得られなかった。ネヴィルとRトゥルースにもコメントを求めたが、返答はなかった)。 レオナルディ氏によると、出演者が少し脱線するなど、一字一句台本通りに進まないことは何度もあったそうだ。時々レスラーがアドリブを加えることもあったが、「大ごとにはならなかった」という。だが前述の変更がマクマホン氏の目に留まり、逆鱗に触れたという。そして修羅場の末、レオナルディ氏は解雇された。 マクマホン氏の広報担当者は声明の中で、レオナルディ氏の話を否定した。マクマホン氏がWWEの台本に「過剰なまでに積極的に関与している」ことを認めた上で、「そうした理由からも、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の有名な発言をイギリス出身の白人レスラーに言わせてオチにすることを同氏が提案、または承認したという話は荒唐無稽です。そうした出来事は一切ありませんでした」。