〈総選挙 私はこう見る〉「『安倍晋三 2.0』 ── 戦略的解散の成功と憂鬱」 逢坂巌
もし選挙なかりせば
もし選挙がなかりせば、今頃はアベノミクスの「失敗」がマスメディアで大きく喧伝され、「消費税増税」をめぐる新たな決断についての議論が喧しくなっていただろう。安倍首相の1年前の増税の「決断」の是非が問われ、アベノミクス派からもその失敗が指摘され、一方で「良識派」は、社会保障の財源のための増税の決断を求めて、議論は緊張していたことだろう。そこで、4~6月のGDPのマイナス成長が発表されて、低落しつつあった内閣支持率をいっそう押し下げ、支持と不支持の割合は逆転していたかもしれない。マーケットは議論の混乱や支持率の低下を嫌って、日本株を手放しはじめる……。 以上は、あくまで想像上の話だが、マスメディアと世論に傷つけられた経験をもつ安倍首相にとっては、とても恐ろしいシナリオだろう。マスメディアと世論は、調子がいいときは従順な顔をみせるが、いったん「空気」が変わると、いかに両者が手のひらを返し、牙を剥いてくることか。それを、まさしく体感したのが安倍首相であり、その獰猛さは、トラウマレベルの傷となって心に残っているのではないか。今回の選挙戦、TBSの番組に出演した際、街頭インタビューの編集の仕方にまで噛み付いた安倍首相の苛立ちは、そのことを物語っているように思われる。 ともあれ、安倍首相はそのような悪夢のシナリオを、自らの解散で吹き飛ばした。そして、前述のように非常に洗練され計算されたパフォーマンス、「安倍晋三 2.0」によって、大勝すらもぎ取ろうとしている。
選挙後の憂鬱
しかし、果たしてその大勝は、安倍首相が望んでいるような力を政権にもらすのだろうか? 選挙で勝ったところで、経済は必ずしも好転するものでもない。増税見送り発表前、テレビ番組で浜田宏一と議論をした榊原英資元財務官は、司会者に「1年半、消費税を先送りすると、2%増税に耐えうるだけの体力が日本経済につくのか」と尋ねられると、「僕はそう思いませんね」といい切った。「IMFも言っているように、おそらく1%成長に落ちてくる。今の状況よりも悪くなる可能性の方が高い」(※7) 。 安倍が参考にした中曽根の「死んだふり解散」。自民党は300議席の大台を獲得し、中曽根は「左にウイングをのばした」「グレーゾーン(都市近郊の浮動票)を手にした」と結果を誇った。しかし、選挙後に中曽根が「売上税導入」を唱えだした途端に支持率は急落。結局、「風見鶏」と言われた彼は、導入を断念して支持率を回復させた。思えば、彼もまた、青年代議士時代から「憲法改正の歌」を歌って訴えるなど、「戦後レジーム」の見直しに取り組んできた。しかしながら、その治世においては、アメリカとの同盟を強化し、「日本は米軍の不沈空母である」といった発言で、媚米とも揶揄される。残した業績は憲法改正とは程遠い、三公社の民営化であった。 安倍首相はどうだろうか。初心にたがわず、憲法改正に持ち込めるのか。それとも、アベノミクスの成功者、いや、失敗者として歴史に刻まれるのか。株価とGDP、そして何より支持率が、彼の新たな「決断」を促していく。 「安倍晋三 2.0」は依然、憂鬱の中にいる。 ------------------ 逢坂巌(おうさか いわお) 立教大学兼任講師。専門は現代日本政治、政治コミュニケーション。著書に『日本政治とメディア』(中公新書、2014)。共著に『テレビ政治』(朝日新聞社)、『政治学』(東大出版会)など。 ※1 Mazzoleni,G.,& Schulz,W. (1999) Mediatization of Politics: A challenge for Democracy? Political Communication, 16(3),247-261 ※2 「スクープ入手 安倍自民が大新聞トップ記事に“指導”証拠文書を公開」FRIDAY、 2014年12月19日号 ※3 「『巨大与党』批判作戦 衆院選 野党が戦略見直し」読売新聞、2014年12月7日 ※4 曽我豪「(ザ・コラム)総理の解散 祖父の眠れぬ夜、真意は」朝日新聞、2014年11月27日 ※5 15秒CMには年金、環境、新憲法の3つ。詳しくは、拙稿「「2007年参院選のテレポリティクス(上)小沢一郎の「旅」 民主党のテレビCMキャンペーン」『朝日総研リポートAIR21』208号、2007 ※6 NHKスペシャル「消費税増税の2ヵ月の攻防」 ※7 BSフジ『プライムタイム』2014年11月3日