病気が発覚し、やせ細ってしまったタンタンに「どうにか薬を飲んでほしい」…飼育員さんたちの強い願い
このまま薬を飲まない状態が続いたら…
数日後、事態はさらに悪化した。寝室にいるタンタンに柵の隙間からタケノコを与えようとしていた吉田が、首をかしげながら控え室に戻ってきた。 「あかんわ。手からあげるものは何も食べてくれん」 薬が入っていなくても、人間の手から与えるものは警戒して食べてくれなくなった。さらに、体調が悪いせいか、竹を食べる量も少しずつ落ちている。 「こんなに細いの!?」 診察のためにタンタンの腕を触った梅元は、その細さに驚いた。竹を食べる量が減っただけでなく、最近は寝ている時間も増えた。食事をとらず、動きもせず寝てばかりいるためか、一気にやせ細ってしまったのだ。このころのタンタンの状態について、吉田は自らがつけている飼育記録に克明につづっている。 2021年4月11日 運動場で寝たまま10時まで戻ってこない 12日 ほぼ一日中寝ている 13日 室内で動かない 14日 べたっと寝たまま動かない 21日 目の周りに白い目ヤニが出ている 飼育記録からも、日に日に体調が悪化していっていることがうかがえる。もし、このまま薬を飲まない状態が続いたら……。梅元と吉田の脳裏には最悪の事態も浮かんでいた。 いつの間にか桜の花は散り、枝には新緑が芽吹き始めていた。寒くも暑くもなく一年で一番気持ちのいい季節のため、幼稚園児や小学生の遠足客で賑わっているはずだが、この日、園内に人気はなかった。
タンタンのためにサツマイモ、イチゴに、桃の缶詰まで…
新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるため、兵庫県では4月25日から緊急事態宣言が出され、動物園は臨時休園に入った。いつもは子どもたちの歓声が響く動物園で、いまは動物の鳴き声しか聞こえない。さみしさを感じながら、梅元は静かな園内を歩いていた。 「お疲れさま」 梅元がやってきたのは、野菜から肉まで動物たちに与える食べ物を保管する飼料倉庫。 「タンタンのリンゴを取りに来たの?」 「いや、ちょっと別のものがないか探しに」 「別のもの?」 仲間の飼育員からの問いかけに答えながら、梅元は冷蔵庫に入っていった。どうやったらタンタンに薬を飲ませることができるのか? リンゴやブドウとは別の食べ物で、薬を隠せるものはないかと探しに来た。 梅元は棚にある果物や野菜をひとつひとつ手に取ってにおいをかぐ。もしかしたら薬のにおいを消してくれるものがあるかもしれない。動物園の帰り道にも近所のスーパーマーケットを回って、香りと甘味の強い果物を探してみた。 翌日、パンダ舎の控え室の机には梅元が選んだ果物と野菜が並んだ。サツマイモにイチゴ、マンゴーにメロン。さらには桃の缶詰まである。 「このマンゴー、おいしそうやなあ。タンタンが食べなかったら俺が持って帰りたいくらいだよ」 興味深そうに眺めながら吉田が声をあげた。