世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.129「小椋藍のチャンピオンは普段からの努力の賜物」
そして彼は、チャンピオンシップの戦い方をとてもよく理解しています。意外な盲点なんですが、レースとは、「全何戦かを戦って、最後に1番ポイントを取っていた者が勝ち」というゲーム。1戦1戦の勝ち負けは、実はそれほど重要ではありません。 ……と言うと語弊があるかもしれませんね。もちろん、1戦ごとに勝って最大点数を獲得した方が有利なのは確かです。でも、長いシーズンを戦っていると、どうしても好不調の波や得手不得手なコースなどがありますから、全戦優勝はほぼ不可能なんです。 であれば、勝てない時をどうやり過ごして、厳しい中でもできるだけのポイントを取ることが重要です。状況次第で、「必ずしもここは勝たなくてもいい」「最低限これだけのポイントを取っておけばいい」という割り切りが必要な時もあります。 ライダーにとっては、これが難しい(笑)。誰よりも速く走りたいという負けず嫌いのかたまりみたいな人種ですから、とかく目の前の優勝にこだわってしまいがちなんです。しかし優勝を狙うということは、それだけリスクを負うということ。勝てば得るものは大きいのですが、転倒などしてしまえば大事なポイントを失います。その時は「1勝できなかった」というだけですが、チャンピオン争いはどんどん不利になっていく。 藍くんの場合は、2年前のマレーシアGPがまさにそうでしたね。2位でもよかったのに、1位を狙って転倒し、チャンピオンを逃しました。僕には決して彼を責められません。ライダーの心情は痛いほどよく分かる。大事なのは、そこから何を学び、自分がどう変わるかなんです。 今年の日本GPでは、スリックタイヤを選んだライダーが上位を占めました。藍くんは一時トップを走りましたが、後方から追い上げてきたマヌエル・ゴンザレスに交わされ、2位でフィニッシュしましたよね。母国GPだったから、絶対に、何としても勝ちたかったはずですが、無理する様子は見られませんでした。 これが本当に大事なんです。今走っているこのレースに勝ちたい気持ちをとにかく抑えて、シーズン全体を見通すことが。目の前のレースに勝つことは、そのレースのことだけを考えれば、ハイリスク・ハイリターンです。でも、チャンピオンシップ全体を考えると、ハイリスク・ローリターンということになる。そして藍くんの「ここは2位で堪える」という選択は、チャンピオンシップ全体から見れば、ローリスク・ハイリターンになる。つまり、もっともクレバーな選択なんです。