なぜ働いているとごきげんではいられなくなるのか【佐久間宣行×三宅香帆 特別対談】
発売初週で累計10万部を超えるスマッシュヒットを飛ばし現在20万部突破、さらに「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」を受賞した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)の著者である三宅香帆さん。じつは『ごきげんになる技術 キャリアも人間関係も好転する、ブレないメンタルの整え方』(集英社)を上梓した、ニッポンのエンタメ界を牽引する佐久間宣行さんが手がける作品のファンという経緯から、対談が実現。多忙を極める中でのエンタメの摂取法、独自のメディア戦略、多様化するメディアの中で紙媒体が果たす役割まで。職業は違えど、思考のグラデーションが重なる部分が多い二人が、互いの話題作をフックに本音でクロストーク! 【画像】お風呂の中でも読書をするという三宅香帆さん
目指すのは「ごきげんな批評」と分断や競争を煽らないコンテンツ
三宅香帆(以下、三宅) 佐久間さんのご著書の『ごきげんになる技術』、とても面白かったです。私自身、自分が好きなものや素晴らしい作品をこの世に増やすことをモチベーションに活動しているので、本の中の数々の金言に励まされました。 佐久間宣行(以下、佐久間) オンラインメディア「さくマガ」の三宅さんのブログでは、僕が本で伝えたかったことを的確に噛み砕いて書評してくださって。こちらこそありがとうございます。 三宅 じつは私、オードリーさんの大ファンでして。かつて文春オンラインでテレビ東京の番組、「あちこちオードリー」について執筆した時、佐久間さんがXでポストしてくれたおかげで記事がハネたんです。 その時に「佐久間さんって、自分の番組に関する細かい記事までちゃんとチェックして拡散するのか、すごすぎる!」と感動しました。 告知や検索って、簡単そうに見えて実は面倒で後回しになりがちな作業なのに、佐久間さんはいつも丁寧ですごいです。 佐久間 面白いと思った記事をシェアしたまでで、それは三宅さんの文章が素晴らしかったからだと思いますよ。 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』も読ませていただきましたが、タイトルが秀逸ですよね。 タイトル先行型だったのか? それとも書きたいことがあってこのタイトルに辿り着いたのか……。 三宅 担当編集さんから「読書史や読書論について、書いてみてはどうですか?」と提案されたのが始まりだったので、テーマありきです。 本の中でも取り上げましたが、坂元裕二さんが脚本を担当された映画「花束みたいな恋をした」では、菅田将暉さん演じる麦と、有村架純さん演じる絹は、映画や音楽、本……さまざまなカルチャーや価値観を共有していたはずなのに、学生から社会人へと移り変わりの中でズレや溝が生じてしまう。 企画が立ち上がった当時、私の周りでも、麦のように「働いていると本が読めない!」問題に直面している人が多く、その話題で盛り上がっていて。 あとは、個人的にNHKの大河ドラマやよしながふみ先生の「大奥」のように時代の流れを描く作品が大好きで……。 歴史を辿ることでテーマが浮き彫りになるような新書にしたいということから、労働史と読書史を組み合わせた一冊になりました。 佐久間 なるほど。新書って最初の問いがすべてで、あとは無理やりの補強論だったりすることもあるけれど、この本は全く違いました。 問いから答えに辿り着くまで、各時代ごとにベストセラーと社会現象をリンクさせながら考察してますよね。知らない事実もたくさん散りばめられていながら、文体は読みやすいからぐいぐい引き込まれました。 三宅 光栄です。タイトルは要約ではなく、読者と問いや興味を共有するためのものにしたい、といつも意識しています。タイトルから「この本にはこういう面白さがありますよ」とわかってもらえたほうが、手に取ってもらえるかなと。 佐久間 三宅さんが社会現象に対して向ける視線が、偏りすぎていたり、厭世感が漂うわけでもなく距離感が絶妙。批評は的確だけれど、批評にありがちな上から目線になっていないから、どの世代の人でもフラットに読めますね。 三宅 30歳の若輩が書いた偉そうな新書なんて、誰も読みたくないと思ってます(笑)。 私自身が高知県の田舎出身で、常に最先端のカルチャーの中にいたわけではないこともあって、「理解できる人にだけ届けばいい」という本にはしたくなかったんです。 もともと私は批評や評論というジャンルが好きなんですが、「世の中の人たちはあまりこのジャンルが好きではなさそうだ」と思っていて。 その理由を考えた時に、漠然とですが、批評や評論ってなぜか文体として“機嫌が悪そう”な印象があるのでは、と……。 書いてあることは面白いのに、「批評=機嫌が悪い人の言葉」というイメージが先行して手に取らない人も多いのでは、と感じているので、私は“ごきげん”な批評家を目指したいです。 佐久間 ともすると“ネオリベ”っぽい目線になるか、その真逆に転ぶ内容も多いですよね。すると、理解者とそうでない人の分断の助けをしているだけというか……。 個人的にそういう本を「好き」や「おすすめ」とは言いにくくて。 三宅 それで言うと、佐久間さんの手がける作品は、分断や競争を煽らない。 テレビ以外のNetflixの「LIGHTHOUSE」や「トークサバイバー!」シリーズも、コアなファン層にウケつつ、初見の人も置いていかない。そのバランスはどう考えていらっしゃるのでしょうか。 佐久間 先ほど三宅さんから出身地の話が出ましたが、僕は福島県いわき市出身なんですね。東北だけど南部の海沿いだから雪は降らないし、あと数10km先は関東、みたいなところです。 東京のド真ん中のカルチャーをすぐに謳歌できる環境じゃないけれど、かといって厭世感漂うほど離れているわけでもない。 自分の中にはてらいのないメインストリームとサブカルチャーの両方の視点が常にあるし、どっちか振り切るには照れが出る気がするんです。それがかつて所属していた「テレビ東京」により、拍車がかかったというか。 三宅 どちらか一方に振り切ろう、とはならなかったんですね。 佐久間 今も考えることはありますよ。ラジオ(注:「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」)を始めたり、フリーランスになってからは特に、「オンラインサロンやったら儲かりますよ!」とか「“欲”に直結するような内容の本を出したら売れますよ」など、刺激的な言霊をしょっちゅう投げかけられますし(笑)。 三宅 すぐ儲けたかったら、そっちにいっちゃいますよね……。 佐久間 僕自身、お笑いや音楽、演劇、本や漫画などポップカルチャーが大好きで、いちファンなんです。 年齢を重ねておじいさんになった時、好きな芸人さんやミュージシャン、劇団や作家さんが活躍していたほうが、僕の人生が楽しいだろうなって。「好きなものが無くならないようにする、好きなものを増やす」ことが仕事をするうえでの原動力なんです。 出版社からはよく「新刊の帯コピー、書いてください」と依頼されますが、お受けするのもそういう気持ちを軸にしています。