『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第2話】 仕事は汚いほど金になる
【私は汚れた掌や膝の汚れを叩く。見物人が憐れむ目で見ている】
家庭に仕事を持ち込まない。家族は私の仕事を知らない。「資産運用とだけ伝えている。休みの日には庭付きの家で、一人娘がピアノを弾く。心安らぐ時間だ。 「ショパンはええな」 高校二年生の真規子がむくれる。 「パパ、今のはシューマンやで」 「そうか。そっくりやな」 妻が口元を押さえて楚々と笑う。家柄も学歴も良く、美しい。それに洛中の出。私のトロフィーワイフだ。 その日は家族で買い物に出かけた。愛車はシャンパンゴールドのベンテイガ。今日の服はカリアッジのニット。ベビーカシミアで最高の肌触り。靴はトッズのドライブングシューズ。すべて妻に選んでもらっている。 買い物に付き合う約束をしていた。四条の大丸では記念日でもないのにフェンディのバゲットを買わされた。ふたりの嬉しそうな顔を見て、私は満足だった。 仕事が仕事だけに、オンとオフは使い分けている。だからといって油断していたわけではないが、素行の悪そうなヤンキーが肩からぶつかってきたのを避けられなかった。 「どこ見てんだよ!」 あのんのショッパーを落とした。ヤンキーがサングラスを持ち上げて睨(にら)み付けてくる。長い金髪で、根元の黒毛が目立った。路上喫煙は禁じられているはずが、手には火が付いた煙草を持っている。とりいそぎ私はこの男をヤンキーAと呼んだ。 「どした」 「いや、このオヤジがさ」 ヤンキーAに続いてもうひとり、頭の悪さを競い合うかのようなガキが現れた。赤毛のヒゲ面で、賭けてもいいが、彼らの偏差値はふたり足しても50に届かないだろう。こちらはヤンキーBと呼ぶことにした。
「おっさん、謝れよ」 京都を訪れた観光客のようだ。独特な訛りを感じる。高級ブランドで全身を固めているが、品性が下劣なので、ワゴンセールで買い漁(あさ)った服にしか見えない。 「謝れって言ってんだ!」 妻と真規子は不安そうな顔で、連中が怖くて動けずにいた。取り囲んで見ていた野次馬も同様だった。 私は深々と頭を下げた。 「すんません」 私は下げた頭を叩かれた。 「“すんません”? ナメてんのか」 「“すみません。申し訳ありません”だろ!」 ヤンキーAとBは倒れた私を蹴りつけた。 「そんな謝り方、おらの地元じゃ通用しねえぞ」 「んだ。土下座しろ」 私は正座をして、背筋を伸ばし、ヤンキーAとBに向かって、手をついて謝った。路面は前日の雨が残っていて冷たかった。妻と真規子の視線を感じた。 「これからは気ぃ付けろ」 ヤンキーAは私の頭を踏みつけて、踵(きびす)を返した。