【インタビュー】星野陸也が2024年を振り返る。「今までで一番我慢した年だなと思います」
そして春に凱旋帰国。日欧共催のISPS HANDA出場前には、「久しぶりの日本の試合、すごく楽しみ。(5月の)全米プロもありますし」とワクワクが止まらないといった感じで語っていた。 しかし、会場の太平洋御殿場に入った日曜日の夜、呼吸がしづらくなり寝付けない。酸欠のような状態で起き上がると激痛が走った。救急病院で診断され、救急車で即、大学病院へ。 「右の肺が完全につぶれている感じで左の肺しか機能していないと。すぐにドレーン手術です。3日間、管を入れっぱなし。肺が自分で膨らまないけど、管とつながれたまま院内を20周くらいさせられる。唸るくらいの激痛でした」 それでも幸い症状は軽く、1週間で退院したが、無理なトレーニングや練習は控えるよう、1カ月間の完全休養を余儀なくされる。全米プロはもちろん、パリ五輪代表権がかかるタイミングで一気に7試合出られなかった。シーズン初めに2位を2回、カタールの優勝でもポイントを増やしPGAツアーへの昇格が見えてきたときでもある。 「ショックで1カ月間、ゴルフに関するものは見たくもなかった。最初の2、3週間はすごく難しいパズルをしたり(笑)。でもやっぱりゴルフが好きなんです。友人のプロと一緒に練習場に行って見てあげたりすると、やっぱりゴルフは面白いなあと思ってしまう」 そしてほぼ完治したとき、欧州のランクによる資格で全米オープン出場のチャンスが回ってきた。
「先生に許可は得ましたが、ゴルフの感覚をあまりに失くしていて驚いた。僕はコーチを付けてこなかったけど、自分のことはわかっているつもりでした。調子が悪くなったとき、こういう練習をすれば戻ると全部体に入っていたんですけど、まずグリップしたときの力加減がわからない。筋力を戻すためトレーニングを始めても最初は200m走るだけで過呼吸になるんです。クラブも全部重く感じて、とりあえず『左を強く握る、右は添える程度』という感覚で握るしかなくて」 まるで初心者のように、テークバックの上げ方もわからなくなった。 「何も考えずに上げていたのに全部ブレるんです。この2つが全然ダメなので、全米オープンに行っても上手くいく可能性はほぼない。でも、ゴルフ感覚を戻さないと、欧州では普通に戦ってもすぐに予選落ちしますから。試合を続けながら取り戻す作戦を考えて、次戦の出場予定より半月前倒しで全米オープンに出ることにしました。パインハーストにも行ってみたかった。あの難しいコースでは神経をより集中し、感覚を研ぎ澄ませる必要がある。そうすれば次の試合につなげられるのかなと」 結果は予選落ち。「悔しかった」が、次戦(オランダ)では10位に入る。「作戦成功です」と笑う星野。