ただの「継承」に留まるな 行政学者が菅首相に寄せる期待
菅義偉氏が首相に就任し2週間が経つ。自民党総裁選への出馬を表明して以降「安倍政権の継承」を前面に打ち出してきたが、「デジタル庁」や「縦割り110番」など独自色も出し始め、支持率も高い。安倍晋三前首相の辞任による「準備なきつなぎ政権」の性格も持つが、筆者はただのワンポイントリリーフ以上の役割を期待している。(行政学者・佐々木信夫中央大名誉教授) ***
夏の甲子園野球に例えてみよう。勝ち上がってきた準決勝。7回裏ピンチの場面でエース安倍が突然腹痛を覚え降板、代わりに二階監督が指名したのは控え投手の2人ではなく、菅捕手だった。ただ、監督は躊躇する菅捕手に「ここを乗り切ったら、次回(決勝)はエースで登板させるから」と耳打ちし背中を押し、交代を審判に伝えたのだ。 無観客の試合で起きた出来事とはいえ、テレビ中継を見ていた国民は面白いドラマではないか、菅捕手がどんな継投をするか、固唾を飲みながら注目した。 筆者はこのように見た。「決勝」は来年9月の自民総裁選のこと。
改革実績なき長期政権はダメ
各報道機関による世論調査を見ると、菅内閣を「支持する」が65%前後を占め、その理由に「人柄が信頼できる」「地方再生に期待する」が並ぶ。安倍前政権は一定の支持率を保ちながらも「人柄が信用できない」という不支持の理由も多かった。菅政権はその裏返しかも知れない。 新政権の信任を国民から早く得た方が良い、と衆院解散総選挙を囃(はや)し立てる空気もあるが、安倍政権の継承を掲げる同氏に言いたいことがある。安倍政権のように7年8か月で6回の衆参選挙をやり、勝ち続けることで政権の在職期間は長くなったが、「一内閣一仕事」といわれる「改革の実績」は殆ど残していない、という悪しき選挙主義だけは継承してほしくない。任期は「仕事の単位」だ。何を解決し国民に提供するかが問われる。 菅政権はとりあえず自民総裁の残り任期の1年をつなぐ格好だが(本人はそう思っていないかも)、仮に近々衆院選を仕掛け4年間の議員任期を得ようとするなら(実質本格政権への切符を入手)、バーチャルでもよいから菅政権4年を想定し政権構想を固めて欲しい。 当人が再三述べているようにコロナ禍対策と経済再生に力を入れることは当面の課題だ。また、公約に掲げている中央省庁の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打破することは大いに期待したい。 同時に、この国は大きなターニングポイントに立っているという歴史認識の上に大きな国の方向を示す骨太の改革に挑んでほしい。 この国は過密の「東京国」と過疎の「地方国」に分断されている。このことで国全体の活力が削がれている。東京一極集中、財政再建、中央地方にみる集権構造の解体、地方分権への道筋、150年前の47府県体制に代わる新たな統治機構の構築といった国家の設計についてだ 。 安倍前首相を含め、このところ日本の首相は「行政官」タイプが多い。直面する問題を処理しながら安全運転を続けるタイプだが、たたき上げで地方出身の菅新首相には「政治家」タイプを期待したい。中長期の構想力を持って国の新たな方向を示し、果敢にその実現に挑むタイプだ。田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎に近い仕事の仕方を望む。これだけ大きな転換期にあるのに目先の問題処理に終始するのは「政治不在」の証。新たな「国のかたち」を国民と共有できる「羅針盤」を示す、夢のある政治を望みたい。