トランプ次期大統領が画策するウクライナ戦争の停戦・和平交渉、ウクライナの“中立国化”が現実的ではない理由
■ 「自前国防」が原則の永世中立、自国軍の大幅増強が難しいウクライナ もっとも、ウクライナが永世中立を選んだ場合、国防は自前が大原則だ。だがプーチン氏が再侵略を虎視眈々と狙うと見られる中、それにあらがうためにゼレンスキー氏は自国軍を急速に大幅増強しなければならず、兵員の大動員がカギを握る。 スイスは国防に極めて熱心で国民皆兵のお国柄。英国戦略研究所(IISS)が発行する『ミリタリーバランス(2024年版)』によれば、人口約880万人で平時の現役兵力は2万人強と少ないが、予備役12.2万人と市民防衛隊約7.3万人の計約20万人、現役兵力の10倍の補欠要員が背後に控える。 国民の健常男性は20~30歳に260~600日間の兵役(ほかに18~23週間の基礎訓練)と、有事の際は50歳まで徴兵される義務を負う。冷戦終結後の世界的な平和ムードでスイスも最盛期と比べてかなり軍縮しているが、冷戦たけなわの1980年代には60万人以上、人口比で約1割の動員兵力を誇った。 軍事の世界では国家が持続可能な最大動員兵力は「人口比の10%」と言われる。これをウクライナに当てはめると、まず人口は2024年7月時点で約3580万人(ウクライナ科学アカデミー人口・社会学研究所)だが、ロシア占領地を除くと推計約3110万人となる。 戦争勃発で800万人以上が国外逃避したと推定、うち半数の400万人が帰還すると仮定すれば人口の10%相当に当たる350万人が動員可能な最大兵力となる。 前出の『ミリタリーバランス』によれば、2023年のウクライナの総兵力は約50万~80万人、予備役30万~40万人で、動員兵力は80万~120万人だが、スイス型を選んだ場合、少なくとも現在の3倍の兵員数を必要としてもおかしくない。
■ 平らな国土で2度も侵略された「ベルギー型中立」の難しさ 一方、ナポレオン戦争でフランスの占領下にあったベルギーも、スイスと同様にナポレオンの失脚を契機として独立を果たした。 ウィーン会議で一時はオランダとネーデルランド連合王国を形成するが、言語や文化的違いから1830年に南部地域が一方的にベルギーとして分離独立。翌1831年に欧州列強がロンドン条約を締結したことで、ベルギーは晴れて永世中立国としての道を歩むことになった。 平地が続き北海に臨むベルギーは、隣接するフランス、プロイセン、さらに北海の対岸に控えるイギリスにとっても魅力的な場所にあり、列強は勢力下に置こうと水面下でさや当てを展開した。ただし混乱した欧州の秩序回復が最優先課題というのが列強間での共通認識だったため、最終的にベルギーを中立地帯とすることで一致する。 だが1914年に第1次大戦が勃発し、隣国ドイツは戦略的に重要なベルギーを瞬く間に軍事占領してしまう。本来は永世中立国の安全を保障する側の国による侵略行為は、昨今のロシアによるウクライナ侵略に酷似する。 最終的にドイツの敗北で第1次大戦は幕を閉じ、ベルギーは一時期フランスと軍事同盟を結ぶことで自国の安全保障を模索するも、結局1936年にこれを破棄し、再び中立国を目指す。だが、この時は主要国による同意や条約の裏付けがないため、永世中立の看板を掲げるまでには至っていない。 そして数年後にヒトラー総統率いるドイツがポーランドを電撃占領して第2次大戦が勃発すると、1940年にベルギーは再びドイツに侵略される。1945年に同大戦は連合国の勝利で終結するが、今度は間髪入れずに東西冷戦が勃発。 2度の侵略を経験した結果、中立国ではもはや自国の安全は守れないと悟ったベルギーは、迷うことなくNATOに加盟し、西側の一員として現在に至る。ちなみに、かつて中立国にこだわったベルギーの首都ブリュッセルに、西側の軍事同盟NATOの本部があるとは何とも皮肉だ。 ベルギーと同様、ウクライナの国土も起伏の乏しい平原が大半で、険しいアルプス山脈という天然の要塞を有し、国土防衛には極めて有利なスイスとは地理的にも違う。ベルギー型は、ウクライナが中立国になった場合の結末を暗示しているようで、その意味でもウクライナの永世中立化は現実的とは言えないだろう。