さらば旧・関西将棋会館、藤井聡太竜王が頂点へ駆け上がるまでのセピア色の記憶…大山康晴十五世名人らの掛け軸はそのまま新会館へ[指す将が行く]
同年秋に大阪府高槻市で行われた関西将棋会館移転の地鎮祭に藤井竜王は参加した。年が明けて新会館の工事が進む中、大阪市福島区の旧会館では、関西所属棋士の変わらない日常があった。
練習将棋で後輩を容赦なく負かす、関西のよき伝統は次の時代でも
棋士室で先輩棋士と後輩棋士や奨励会員が盤を挟んで腕を磨く。「山ちゃん」と慕われる山崎八段は20年以上前の若手時代から、練習将棋で奨励会員らに胸を貸していた。プロ入り前の豊島九段や稲葉陽八段らを容赦なく負かして、徹底的に鍛え上げた。今年5月、山崎八段は棋士室で池永天志六段との練習将棋に励んでいた。「体で覚えた将棋」と称される関西のよき伝統は、新会館に移ってからは形を変えるかもしれないが、受け継がれるだろう。
新関西将棋会館のお披露目式は11月17日に行われた。日本将棋連盟の専務理事を務める脇謙二九段、常務理事の井上慶太九段は移転前から「対局室の伝統は引き継ぐ」という話をしていた。
メディア向け内覧会で、その言葉の意味が明らかになった。新会館の最上位の対局室に、旧会館の御上段を彩った伝説の掛け軸が移設された。木村義雄十四世名人の「天法道」、大山康晴十五世名人の「地法天」、中原誠十六世名人の「人法地」、谷川浩司十七世名人の「道法自然」と4枚の掛け軸がずらりと「鎮座」していた。書もまた、達人の域である関西将棋会館の魂は、そのまま新しい歴史を悠然と見守ることだろう。
カメラマンの心が震えた、式典中の藤井竜王の「美しい」振る舞い
新関西将棋会館の開館記念式典の中で、藤井竜王は「美しい」振る舞いをみせた。前日の16日に竜王戦七番勝負第4局で佐々木勇気八段に敗れ、内容のふがいなさに自らへの「怒り」をにじませていた。自身に厳しい第一人者の苛烈さがあったが、一夜明けると、いつもの穏やかな表情で式典に参加していた。
新会館の近くに漫画家の伊奈めぐみさんが描いた「将棋の渡辺くん」マンホールが設置され、保護シートを外してお披露目となった。式典はタイトなスケジュールで進行し、写真を撮影する若杉和希カメラマンは、バタバタと動き回る関係者らが「渡辺くん」マンホールをずかずか踏んで移動する姿を目にした。そんななか、「将棋の渡辺くん」を読んでいる藤井竜王は、「渡辺くん」マンホールの位置を目でちらっと確認すると、またぐことすらせず、マンホールを巧みにかわして次の目的地へと歩を進めた。