もうすぐ消えてなくなる戦場体験をなんとか後世に残したい――「語らずして死ねるか!」約1800人の証言 #戦争の記憶
谷口さんは少し手が不自由になってきたという。それでも自らの経験を少しでも次世代に伝えておきたいと絵筆を持ち、当時の出来事を画用紙に残し続けている。 「これから第3次世界大戦があったら皆さんどうしますか。自然、文化、生活……今度は大きなミサイル一つで何もかもバラバラになる。みんなの命も。大量の死人をつくるのが戦争です。怖いです。私はもう90過ぎで、100まで生きても余命は10年ほど。でも、皆さんはまだまだ先が長い。平和ボケでいい。戦争だけはだめです。私は声を大きくしてそれを言いたい。『語らずして死ねるか』というのが私の今の願いです」
証言集めは「無色・無償・無名」の3原則で
「戦場体験者と出会えるお話し会」を主催した「戦場体験放映保存の会」は2004年から活動を始め、これまでに元兵士・軍属と民間人の約1800人から2800件以上の証言を聞き取り、動画や録音などで保存してきた。このうち約300人の証言は、同会のHPで公開されている。 活動の主軸は「もうすぐ消えてなくなる戦場体験をなんとか後世に残したい」という願いだけ。そして発足時から「無色・無償・無名」の3原則を掲げてきた。 「無色」とは、いかなる他の目的も持ち込まないという意味だ。活動の目的は戦場体験を掘り起こすことのみに限定。どんな思想信条の持ち主であっても「戦場体験を語り、集める」ことに賛同するなら誰でも迎え入れるという。「無償」の原則は文字通り、ボランティアを意味する。「無名」とは、無名の一般兵士・軍属、市民の声にこそ、伝承されるべき戦場体験は存在するという考え方だ。さらに「無名」には、この活動によって名を得ることを戒める意味もある。 同会の事務局長、中田順子さんは言う。
「無色・無償・無名の原則は最初から打ち立てました。この種の活動にはどうしても主義主張が持ち込まれがちですが、私たちは明確に一線を引きたかった。立場を超えて、たくさんの体験者からたくさんの話を聞きましょう、と。聞く方も語る方もいろんな方がいて初めて太く幹を成すことができるし、いい意味での化学反応が起きるという考えが根底にあったからです」 ただ、活動開始から20年目に入り、証言の収集は極めて難しくなってきた。体験者の“超”高齢化が進んでいるからだ。国勢調査によると、終戦時に成人していた人(1925年以前の出生者)は2020年現在、総人口の0.5%、62万人しかいない。終戦時に5歳以上だった人(1940年以前の出生者)へと幅を広げても、9.2%、1163万人にとどまる。 その点に関し、中田さんはこう語った。 「戦争体験者にも年代の差があって、例えば、太平洋戦争の開戦時の浮き立つような空気だとか、勝利を重ねて万歳が繰り返されていた時代を語れる人はもうほとんどいない。いま、話をできる方の多くは、負け戦になってからのことが中心なんです。だから、苦労した話が多く、それは戦後世代が持つ『だから戦争はダメなんだ』というイメージに近い気がします。しかし、それだけではないはずなんです。本当は国全体が『勝った、勝った、万歳、万歳』と酔いしれた時代の体験も含めてトータルで残さないと、私たちが得る教訓も半分になる気がします」