「コスト」から「バリュー」へ、なぜフェーズフリーな防災商品が売れるのか?
普段から災害に備えることが大切だと分かっていても、消費者にとって「非常時にしか価値を感じられないもの」を用意するのはコストであり、そのため防災はビジネス化が難しい領域と言われる。そこで今、「備えられない」ことを前提に、社会状況(フェーズ)を区分しないデザイン設計が、さまざまな業種で注目され始めている。本連載では『フェーズフリー 「日常」を超えた価値を創るデザイン』(佐藤唯行著/翔泳社)から、内容の一部を抜粋・再編集し、「フェーズフリー」の考えを生かしたビジネスの可能性を探る。 脱出ハンマー付きシガーソケットUSBカーチャージャー 第2回では、防災を「コスト」から「バリュー」に置き換え、消費者から強い支持を集められるフェーズフリーの可能性について考える。 ■ フェーズフリーはなぜ支持されるのか 「コスト」から「バリュー」への転換。このパラダイムシフトによるメリットは、それだけではありません。これにより、災害対策が「誰もが参加可能なフィールド」になるというメリットもあります。どういうことでしょう? 前述したとおり、脆弱性は社会のありとあらゆるところに、無限ともいえるだけ存在しています。限られたリソースでは、こうした無限の脆弱性に対処するのは難しい。 ビジネスとして成立させ、経済活動に乗せることができれば可能性はあるが、「防災」はビジネスにするのが難しい。なぜなら、消費者にとって防災はコストだからだ。というのが、防災が広まらない理由のひとつでした。しかし、フェーズフリーの場合はどうでしょう? ここでも、例をもとに考えてみたいと思います。「脱出ハンマー付きシガーソケットUSBカーチャージャー」という商品があります。日常時には自動車のシガーソケットにつけて使う充電器として、非常時には窓ガラスを割るための脱出ハンマーとして利用することができる商品です。
台風や大雨にともなう洪水被害の死亡事例において、自家用車の中で亡くなる「車中死」の割合がとても高いことをご存じでしょうか? 水位が上がると、水圧により車のドアは開けることが困難になります。また、車の窓ガラスは非常に頑丈で、簡単に割ることができません。 結果、車の中に閉じ込められたまま亡くなってしまう事例が後を絶たないのです。たとえば2019年に発生した台風19号、20号による水害で亡くなられた72名のうち、車中で死亡した方は30人にものぼります。 そうした被害を防ぐための商品が、車の窓ガラスを割るための脱出ハンマーです。脱出ハンマーは数百円ほどで買えますから、さほど高価な商品ではありません。しかし、脱出ハンマーの存在を知っている車所有者のうち、実際にハンマーを備えているのは2割程度だという実態があります。大半の方が、脱出ハンマーを備えていないのです。 わずか数百円で自分や同乗者の命を守れるはずなのに、なぜ備えられないのか。そこには「自分は大丈夫だろう」という過信だけでなく、「日常において役に立たないものに、コストをかけたくない」という心理も働いていると考えられます。 しかし、先ほど紹介した「脱出ハンマー付きシガーソケットUSBカーチャージャー」の場合はどうでしょうか。たとえばUSBカーチャージャーを購入するために、自動車用品ショップへ買い物に行ったとしましょう。棚には一般的なUSBカーチャージャーと、脱出ハンマーとしても使えるカーチャージャーが、同じ値段で並んでいます。 この時、どちらの商品の方が、手に取られる可能性が高いでしょう。おそらく、後者ではないでしょうか。なぜなら、せっかくなら脱出ハンマーとしても使える商品を買った方が「お得」だからです。「お得」という日常における価値が、結果として非常時の命を守ることにつながっているのです。 さて、この例で注目したいのは、「フェーズフリーな商品の方が売れる」という点、そして、この商品を手がけているのが、いわゆる防災商品を開発している専門的な企業「ではない」という点です。