金メダルの稲葉ジャパンと4位だった13年前の北京五輪代表の何がどう違っていたのか…星野ジャパン“007”の証言
東京五輪の野球競技の決勝が7日、横浜スタジアムで行われ、日本が米国に2-0で勝利し初の金メダルを獲得した。日本は先発の森下暢仁(23、広島)が5回を3安打無失点、6回から千賀滉大(28、ソフトバンク)、伊藤大海(23、日ハム)、岩崎優(30、阪神)、栗林良吏(25、広島)と小刻みにつないでの完封リレー。打っては村上宗隆(21、ヤクルト)が3回に今大会1号ソロで先制、8回に吉田正尚(28、オリックス)のヒットと山田哲人(29、ヤクルト)の好走塁で貴重な追加点を奪い、侍ジャパンらしい試合展開で悲願の頂点に立った。稲葉監督は、4位に終わった北京五輪代表メンバーの1人。故・星野仙一氏が率いた13年前のチームと何がどう違っていたのか。
緊迫したゲームを完封リレーで制す
無観客の横浜スタジアムのマウンドに24人の侍戦士たちの歓喜の輪ができた。9回二死一塁。侍の守護神、栗林が投じた初球のカーブに米国の9番打者、ロペスが詰まり、正面のゴロを処理した菊池(広島)からのトスを受けてセカンドベースを踏んだ坂本(巨人)がピョンと飛び上がって爆発させた雄叫びが合図だった。 ベンチ前でそのシーンを見つめる稲葉監督の涙腺は崩壊した。 「最高です…。みんなね。一生懸命ここまでやってくれて、そういう思いが最後ぐっときた」 決勝戦にふさわしい緊迫したゲームだった。スコアは2-0。先発の森下が5回を3安打5奪三振無失点に抑えてゲームを作ると、6回からは米国ベンチより先に動き、千賀、伊藤、岩崎、栗林と4投手を注ぎ込んでの完封リレーである。 5試合を戦い、3試合でスタメンを固定した打線は、今季ソフトバンクで7勝2敗、防御率2.03の成績を残している先発のマルティネスの攻略に苦しんだが、3回一死から村上はチェンジアップの失投を逆方向の左中間スタンドに運んだ。最強の8番打者の一発で先制すると8回にはヤクルトのマクガフから追加点を奪い勝負を決めた。 この回は、先頭のヤクルト“同僚”の山田がライト前ヒットで出塁すると坂本がバントで送った。好調を維持していたシーズン首位打者の吉田がセンター前にヒットを落とすと、一度は三塁ベースを回ったところでストップしていた山田が、センターの本塁送球が大きくそれたのを見て本塁を狙った。バックアップされた返球とのクロスプレーになったが、絶妙のヘッドスライディング。米国がリプレー検証を要求したが、右手が先にベースをタッチしていた。 稲葉監督は、先発の森下を「度胸というか、こちらが想像以上のものを出してくれた」と評価し、決勝アーチの村上を「重たい空気だったが、あの一発で少しこっちに流れがきたと思う」と称賛した。 侍ジャパンの打撃コーチだった稲葉監督が、2017年に小久保監督から指揮を引き継いだとき、契約は東京五輪までとなっており「五輪の借りは五輪で返す」と金メダル獲得を誓った。稲葉監督は13年前の北京五輪代表メンバーだった。 なぜ彼らは4位に終わった北京五輪のリベンジを果たすことができたのか。故・星野仙一監督が率いる北京五輪代表チームでチーフスコアラーを務めていた三宅博氏も岡山の自宅で、テレビ画面を通じて感動に浸っていた。 「この瞬間を13年前の我々も夢見てたんよ。ほんとにうれしい。よくぞやってくれた。心からおめでとうと書いておいて欲しい」