100回目の早明戦を前に両校監督に聞く(上) 現代ラグビーの中で「タテの明治、ヨコの早稲田」のDNAは?
清宮監督は「個々の選手を生かす、見極める力」
―早稲田は大西鐡之祐監督、日比野弘監督、宿沢広朗監督と多くの名将がいらっしゃいます。大田尾監督の現役時代は清宮克幸監督ですが、最も心に残っている教えは? 大田尾 選手を見極めるというか、自分たち独自の評価基準というか。身長が高くて、足が早くて、体が大きくて、バランスがいい選手が良しとされると思うんですけど、そうじゃなくて「自分たちのラグビーをやるには、たとえ身長が低くて足が遅くてもこの選手だろう」とか。個々を生かすということになってくるんですけど、常に言われたのは、「強みと弱みをすぐ言語化できる状態というのが非常にいい状態で、そういう状態に常に自分を置いておくのが大事だ」と清宮さんから教えてもらったことが一番印象に残っています。
「明治の圧力がすごかった」「トライさせてくれない防御」
―お二人は選手としても早明戦に出場されています。出場したときの思い出をお聞かせ下さい。 大田尾 僕は2年生の時(2001年)も勝ったんですけど、2年生のときはギリギリまで負けていて、明治がインテンショナルのファウルみたいなのをインゴールでして、(次のキックオフのリスタートが早稲田のペナルティーキックからの再開となり)ラストワンプレーでそこから逆転した。その試合もかなり思い出深くて。清宮監督は1年目で早慶戦に30点差で勝ったりすごく破竹の勢いがあったチームだったんですけど、早明戦に関しては明治の圧力がすごかったという印象がすごくあります。 神鳥 4年間で早明戦は3回勝ってます。時代も良かったですね。明治と早稲田が常に大学優勝を争う時代で、早明戦イコール大学のナンバーワンナンバーツーを決めるっていう試合だったので。両校が強かったことで本当にいろんな人に見てもらえた時代だったなあと。 4年生の時は認定トライで勝ったんですよね。スコアさせてもらえなかったんですよ。ゴール前でゴリゴリとフォワードで何度も何度もしかけるんですけど、必死になってタックルされて反則覚悟でバンバン止めに来て、結局グラウンディングトライができなかった。で最後認定トライで勝負が決まったのはすごく覚えてますね。もうトライさせてくれないぐらいしつこいチームだったっていう印象があります。