ノーベル生理学医学賞 大村智氏が着目した「放線菌」とはどんな微生物?
10月5日に発表されたノーベル生理学・医学賞。寄生虫による感染症に有効な薬を発見した北里大学・特別栄誉教授の大村智博士が受賞しました。 記者会見で大村博士は「私の仕事は微生物の力を借りているだけ」と謙遜して話していました。 【全文】ノーベル医学生理学賞の大村智氏「全て微生物がやっている仕事」 大村博士が研究対象にしたのは、微生物の仲間である「放線菌(ほうせんきん)」。抗生物質をはじめとして、薬となる様々な物質をつくることが知られています。 では、どのようにして放線菌から新しい薬が開発されるのでしょうか? この記事では、一般的な方法と、近年注目される新しい開発方法を紹介しましょう。
■「放線菌」とは?
放線菌は、細菌のグループの一つです。糸のような形となることが多いことからその名がつけられました。この放線菌は、私たちの周りのいたるところにすんでいます。大村博士がゴルフ場の土から発見したことが話題になったように、その多くは土の中に生息しています。 放線菌が細菌の中でも注目されるのは、薬として使える有用な物質を多くつくるからです。放線菌がつくる物質には、自分が生きる上では必ずしも必要ではないけれども、他の生物にさまざまな影響(たとえば別の細菌を撃退する)を与える物質がいくつかあります。 私たち人類は、放線菌がつくる有用物質を薬として利用してきました。たとえば、結核の治療薬として多くの人命を救ったストレプトマイシンもその一つです(貢献したワックスマン博士は1952年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています)。
■放線菌からどうやって薬を見つけるの?
「放線菌を見つけ、薬の候補となる物質を絞り込む」ところまでの流れをご紹介しましょう。図1にその流れをイラストにしました。大きく分けると、(1)放線菌を育てる、(2)効果を調べる、(3)目的の有用物質をとりだす、の3つの段階に分けられます。
(1)放線菌を育てる 土のなかには、さまざまな種類の細菌がすんでいます。その細菌の集団から放線菌を一つ一つ分けて育てることが最初に必要です。採取した土を寒天培地に振りかけて、放線菌が生育するのを待ちます。うまく放線菌だけが生育するように、土を加熱・乾燥させたり(放線菌は胞子を作るため熱に強い)、放線菌が栄養として好む「腐植酸」という物質を培地に混ぜたりしています。 土を寒天培地に振りかけてから数日すると、カビのような小さなかたまりがたくさん現れます。それぞれのかたまりが1個の放線菌が増えてできたものです。 かたまりを一つ一つ新たな寒天培地に移し替えると、次は液体の培地で育てます。増えた放線菌からは、薬のもとになり得る化学物質が培地の中に出てくることもあります。 (2)効果を調べる 培地の中には、有用物質が含まれているかもしれません。どれが役に立つかを調べる方法を「スクリーニング」といいます。 たとえば、大腸菌などの細菌を用いた方法があります。まず、(1)で放線菌を育てた培地を小さな紙にしみこませます。この紙を、大腸菌を生やした寒天培地の上に並べます。もし、大腸菌を殺す働きをもつ化学物質があれば、紙の周りでだけ大腸菌の生育が抑えられるはずです。このようなテストをさまざまな生物に対して行ったり、化学的な性質で分けたりすることで、有用物質をつくる放線菌の候補を見つけます。 一見すると、「(たとえば、大村博士が開発した)寄生虫に効く薬を選ぶには、寄生虫だけでテストをすればよいのでは?」と思われるかもしれません。しかし、さまざまなテストを総合的に行うことで、予期せぬ成果を得られることが多々あります。このような手法は「ランダムスクリーニング」とよばれ、日本が世界をリードする技術です。 (3)目的の有用物質を取り出す 薬につながる研究をするためには、できるだけ純粋な物質がほしいところです。別の物質が混ざったままだと、予期しない副作用が出てしまうこともあります。そこで、有用物質が含まれる培地を成分ごとに分ける作業を行います。 主に使われるのは「クロマトグラフィー」という技術です。クロマトグラフィーは、化学的な性質の「篩(ふるい)」のようなもので、物質がもつ色々な性質によって一つ一つ分けることができます。純粋にして、ようやく薬の候補としての研究がスタートするのです。ここまでたどり着くまでに数年かかることも普通です。