ヴァレンティノ・バルボーニというテスト・ドライバーを知っていますか? 限定250台の後輪駆動ランボ、ガヤルドLP550-2ヴァレンティノ・バルボーニは、どんなランボルギーニだったのか?
このランボを楽しいとおもうか、恐ろしいとおもうかは、理性も込みのウデ次第だ!
【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】ご存じ中古車バイヤーズ・ガイドとしても役立つ雑誌『エンジン』の過去の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2009年11月号に掲載されたランボルギーニ・ガヤルドLP550-2ヴァレンティノ・バルボーニのリポートを取り上げる。かつてランボルギーニにひとりのテスト・ドライバーがいた。男の名はヴァレンティノ・バルボーニ。その名前はいま、当時もっとも刺激的と言われた2WDのランボの名前にもなったのである。 【写真7枚】世界限定250台のガヤルドLP550-2ヴァレンティノ・バルボーニはどんなランボルギーニだったのか? 写真でチェック ◆勤続40年の男 ヴァレンティノ・バルボーニは1967年にランボルギーニに入社した。ランボの本拠、サンタガタの近郊に生まれ育ち、ランボの工場を横目にしながら自転車通学していたかれはある日、ミウラを工場敷地に入れるために手押している労働者たちを見て、手伝ったことがある。あこがれのクルマだったからだ。そんなわけで、学校を卒業するとすぐ、フェルッチョにかけあった。そして、組み立て工の職を得たのだ。 当時、ランボは景気がよかった。1968年にはミウラを中心に353台がライン・オフし、翌年にはジュネーヴでショウ・デビューを飾ったマルチェロ・ガンディーニ・デザインのうつくしい4座グラン・トゥリズモ、エスパーダが大ヒットする。いい時代だったのだ。 若きヴァレンティノはやがて、ライン・オフしたクルマを試運転する仕事をまかされるようになる。そして、天性のドライビング・センスを見出され、テスト部門に異動する。2007年に退職するまで、カウンタック、ディアブロ、ムルシエラゴといった偉大なスーパーカー開発の第一線に立ってきたかれは、いまランボのクラシック部門のコンサルタントとして活躍している。 この夏に発表されたかれの名を冠したクルマ、ガヤルドLP550-2ヴァレンティノ・バルボーニは、250台限定の特別なモデルであり、ランボ首脳陣からの、かれの長年の貢献に報いるサプライズとしての贈物でもある。そして同時に、「すべて4WD」を旗印にしてきたアウディ傘下に入ってからのランボの、あたらしいポリシーの先駆けでもあるに違いない。センターとフロントのディファレンシャルをとれば、間違いなくより軽いランボがつくれるはずであり、それはコストの圧縮やクルマの「エコ」化のうえで、なんらかの可能性を開くかもしれない、とかんがえたのではないだろうか。 ◆2WD化のために とはいえ、ガヤルドはもともと4WDマシンとして開発されており、それを2WD化する仕事は、たんにパワートレインの余分な部分を取り去ればいい、というほど単純なものではなかった。バネとダンパー、スタビライザー、タイヤとホイール、空力はもちろん、トランスミッションとアクスルの取り付けにいたるまで洗い直され、オプションとなるeギアのプログラムは書き換えられ、電子制御式スピン防止装置であるESPのチューンも、ピレリPゼロのコンパウンドともども変更を受けた。 見た目もチューンアップされた。外装ではボディ中央を南北に貫くホワイトとゴールドによる太いレーシング・ストライプが入った。ブラック・レザーによる内装でも、左右シートの中央とセンター・コンソールが、外装に呼応して白くペイントされた。さらに、リア・ミドにマウントされたV10のカバーがガラスになったこともあたらしい。 その下におさまる5.2リッターV10が4WDのガヤルド(LP560-4)の560psから550ps/8000rpmにデチューンされたのは、2WD化によって約100kg軽くなっても、4WDガヤルドを動力性能で凌駕しないようにするためだ。ランボとしては、ガヤルドのフラッグシップは4WDであるべき、とかんがえているからだ。ただし、価格は6MT仕様が2640万2250円、eギアつきは2745万2250円で、4WDガヤルドのクーペよりおよそ200万円がた高い。 さて、いくら2WD化されたとはいえ、4WDのガヤルドとさほど違うまい、と乗る前にはタカをくくっていた。しかし、都心の一般道を数km走って首都高速道路に乗り、前が空いたときを見計らってスロットル・ペダルをいささか深く踏み抜いたときには、突如襲ってきた快感に頭がクラクラした。4WDガヤルドがミドル級のボクサーだとすれば、ヴァレンティノ・バルボーニはフライ級のチャンピオン・ボクサーだとおもった。それぐらいフットワークが軽快で、エンジンの吹け上がりもふくめて鋭いクルマだった。 ◆ドラマティック 駆動の仕事から自由になった前輪のおかげか、ステアリングは、4WDガヤルドより軽めのフィールになり、しかも、路面をグリップしている感覚がちゃんと伝わってきた。そして、音がすばらしい。法定速度で巡航しているようなとき(6速での100km/h巡航は2400rpm)は、どこか遠いところからたんに平凡に聞こえていただけの排気音が、ひとたびムチを入れた加速を試みると、たちどころにオクターブを上げる。それでも手綱を緩めなければ、ならばとばかりにメカニカル・ノイズや吸気音がくっきりとした輪郭を持って音場に参入してくる。レヴ・カウンターのニードルが7000を超えて8500のレッド・ゾーンめがけてハネ上がると、ウウウウウウウウウウウーンと、絶頂に達して長々と歓喜しているとしかおもえない色っぽい「声」が上がってくる。このドラマティックな音の変化は、音楽を超えた音楽となって、脳内快楽物質を分泌させるのだった。 それが山道ならばなおさらだ。なぜなら、すばらしいハンドリングを堪能できるからだ。2WD化によって軽くなったノーズは、コーナーというコーナーで、つまりそれがタイトでもワイドでも、やすやすとインに入っていく。そこからは、ミドシップ後輪駆動車を操る醍醐味であるスロットル・ペダルによるコーナリング・コントロールの世界が待っている。それを楽しいとおもうか、恐ろしいとおもうかは、理性も込みのウデ次第だ。老ヴァレンティノは楽しい、と主張する。 ◆後日譚 イタリア在住のジャーナリストの話によると、ある日、ヴァレンティノはじぶんの名前のついたクルマに乗って帰宅した。通りの反対側に住む母親はいつだってそうなのだが、かれを見て「ゆっくり運転するのよ」と注意し、3人の息子たちは喝采を挙げたという。そして、15分もすると、村の全員といっていいぐらいの人数がクルマのまわりに集まっていた。翌日、出勤途中にフェルッチョの眠る墓地にさしかかると、ヴァレンティノはクルマを止めた。「ありがとう」と、こころのなかでフェルッチョにお礼をするために。 いいクルマはいい話をつくる。 文=鈴木正文(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦 (ENGINE2009年11月号)
ENGINE編集部
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