『虎に翼』でハ・ヨンスが好演する朝鮮半島からの留学生、崔香淑が示したもの。紡がれた「加害」の歴史
娘の薫との衝突があらわす家族の離散と断絶
―終盤では、香淑と娘の薫の衝突が描かれました。薫は、母親が自分の出自を隠していたことに対して、香淑を責めます。こうした親子の関係性をどうご覧になりましたか。 崔:母親の香淑が子どもである薫を守るために必死で自分の出自を隠していました。しかし、薫はまず最初に全否定しますよね。「自分の生まれた国が、自分の血が恥ずかしいと思っていたということ? それは安全な場所に加害者の側に立っていままでずっと見て見ぬふりをしてきたということじゃない」と、かなり辛辣なことを言っていました。 あのあたりのセリフも見させていただいたんですが、学生運動の時代ですし、ありえることだなと思いました。香淑はすごくショックだったと思いますし、一方で薫も、お母さんを傷つけてしまったこともですが、20年くらいずっと自分の出自が隠されていたことにショックや戸惑いもあったと思います。 薫はよく多岐川の部屋にこもっていましたが、薫にとって、多岐川はおじいちゃんみたいで、安心できる存在なのかなと思いました。あの二人のあいだで何か会話があったのかなと私は想像しているんですが、薫が香淑のお兄さんを日本に呼んだのは、自分のルーツをちゃんと知りたいという気持ちがあったからだと思います。 そして、自分のために母が家族を捨てたんだったら、自分が家族をつながなければいけない、という娘なりの使命感もあったのではないかと思います。 故郷を捨てた香淑は絶対に自分から連絡はできないと思います。一連の話では、家族の断絶と再会が描かれていましたが、そのなかで家族を中和させてくれた存在が香淑の娘である薫でした。私自身もですが、在日朝鮮人の方たちには、ああいった家族の離散や断絶というものを経験している方がたくさんいるので、すごくいいシーンで思い出すだけで泣きそうになってしまいます。 ―最終的に香淑は司法試験に合格し、広島や長崎で原爆被害に遭った外国人の支援をするために弁護士事務所を立ち上げることになります。そして、香淑と結婚した圭は裁判官を辞めて、香淑をサポートすることを決めます。 崔:原爆裁判のあと、朝鮮人や外国人被爆者の支援につなげるというのは、「こうきたか」と思いました。新潟赴任編で、圭は香淑について、「ありのままの彼女でいられるために何ができるのか、まだ答えの糸口さえ見つけられていない」と話していたんですが、その結果がここに結びついたのもすごく良かったと思いました。 原爆投下が国際法違反であるとした画期的な判決文を読んだ圭が、その後、被爆者の支援をしたいという香淑を支えるために裁判官を辞めるわけです。薫との和解の仕方もですが、圭が香淑が自分らしくある道を取り戻させたいと言っていたことが、ちゃんと回収されていると思いました。 ―『虎に翼』の反響をどう感じていますか? 崔:放送にあわせてXに投稿をしているんですが、本当にたくさんの反応があります。 たとえばですが、『虎に翼』や私のポストなどをきっかけに、法律や朝鮮半島の歴史、様々な差別やマイノリティの問題について関心を持って、「透明化」された人たちに思いを寄せ、寄り添える人が一人でも増えればみんなが幸せになれると思います。ヒャンちゃんの言葉じゃないですけど、きっと最後はいいほうに流れていくと感じます。
インタビュー・テキスト by 生田綾