『虎に翼』でハ・ヨンスが好演する朝鮮半島からの留学生、崔香淑が示したもの。紡がれた「加害」の歴史
「あきらめなければいけない人」と「あきらめずに済む人」という対比
―香淑のキャラクターや彼女に関する描写について、印象に残っていることはありますか? 崔:芯がしっかりしたブレない女性だと思っています。物語を通して香淑はすごく難しい選択をたくさんしていますよね。 例えば、特高警察に兄が思想犯の疑いをかけられてしまい、香淑も脅されて、自分の目標だった弁護士になるという夢をあきらめて朝鮮半島に帰ります。そのあと日本に戻ってくるという決断もものすごく重たいものだと思うんです。 日本の敗戦によって植民地支配が終わり、おそらくそのときには圭と結婚をしているはずですが、やはり当時の歴史を振り返ると、日本の敗戦によって家族が引き裂かれるケースというのは非常に多くありました。それでも香淑は自分の民族を捨ててまで日本に来ることを選び、その決断はすごく難しいと思うんですが、彼女自身がしっかりした芯を持っているからこそできるのだと思います。その強さは非常に印象に残っていますね。 ―香淑は、ともに法律を学ぶ寅子とは異なる状況に置かれていることも伝わってきます。 崔:「共亜事件」(帝人事件を元にしたとみられる)で寅子のお父さんは逮捕されて、無罪が確定します。それによって寅子は大学で勉強しつづけることが可能になりました。一方、民族が違う香淑は兄が逮捕されて、その容疑が晴れるというところまでは寅子と同じ状況ですが、香淑はそれがマイナスになって高等試験をあきらめざるをえなくなりました。 似たようなシチュエーションでも、「あきらめなければいけない人」と「あきらめずに済む人」という対比がすごくはっきりと描かれていたと思います。 後半にも、寅子の義理の娘・のどかと、香淑の娘の薫でもその対比を感じました。のどかは、何やかんやあったけれども、ちゃんと自分が結婚したいと思った人と結婚する。けれど薫は、出自によって恋人から別れを告げられてしまいます。 ―話を聞いていると、ドラマを通して日本による植民地支配の非対称性があらゆる場面に散りばめられていると感じました。劇中では関東大震災での朝鮮人虐殺についても言及がありますが、戦前日本の「加害」の部分にもスポットを当てていることについて、どのように感じられますか。 崔:『らんまん』でも朝鮮人差別を匂わせるような場面が出てきましたが、今回のようにここまではっきりと描かれたことにびっくりしています。 役名はついていませんでしたが、終戦直後に寅子が闇市に行き、焼き鳥を包んだ新聞を渡した女将さん役は、在日コリアンの方がやっている演劇集団「タルオルム」の団長の金民樹(キム・ミンス)さんが演じていました。絶妙な朝鮮語訛りの日本語で寅子に包み紙を渡していて、そこに新憲法が書かれているというのも、すごくドラマチックな展開だったと思います。 朝鮮人の問題だけじゃなくとも、当時、そこにいたはずの人たち、実際にあったことを朝ドラで取り上げることの意味はすごく大きいと思います。